人格主義的なアプローチについて

歴史は繰り返すっていう風に言われていていい時が続いて衰退して悪い状態になってまた変革して良くなるみたいなサイクルをずっと繰り返してると思うんですよね

 

それで聖徳太子とか渋沢栄一っていうのは多分その衰退期じゃないんですけれども良くない状況の時代に生まれたと思うんですよね今どんな状況かって言うとたぶん良い状況の時代からどんどん衰退してるような交代の時期だと思うんですけれどもなんでかって言うとそういう豊かな土壌を作ってくれた先人の人たちのおかげでその上で生まれ育った人たちは多分そこからすごいいろんな恩恵を受けてしまったが故に力がつかなくなってしまったっていうことが言えると思うんですよ要するに何もしなくてももうすでに豊かなプラットフォームになってるわけだからさらに良くしようっていう風にも全く思わないんですよねなぜならばそれが当然の状況だからなんですよだけど例えば香港とかなんかは今めちゃくちゃ混沌としていて僕たちが当たり前のように持っている人間の根源的なものを彼らは奪われているっていう状態でそれを当然の権利を得るために頑張ってるみたいな良い状況ではないわけですよ

 

それで多分今の豊かな時代をうちらが受けられているのも多分そういう渋沢栄一みたいなハード面とソフト面を両方とも改善するようなアプローチを取った人たちが当時ものすごく激動の変化の時代で世の中が混乱してる中でそれでもものすごいバイタリティとかで成し遂げたと思うんですよそれがあってのさらにいろんな人たちがその上でさらにいろんなことをやってきたわけでそれが多分何台か繰り返されて今そういう状況にあると思うんですよ

 

そうするとすごいいい状況なんだけれども確かに良い状況を当然のように受け入れられる状況っていうのは衰退に向かっていくんだなっていう風に思いました

 

だからハートソフトを良くするっていうアプローチがあってハードに関しては授業を行ったりとかインフラを整えたりとかお金の中資本主義をうまくシステムを調整したりとか色々あると思うんですけどもすごく現実的な話っていう風に捉えられると思うんすけどソフトに関してはすごく宗教的な感じに感じてしまうと思うんですけど僕はそれはそうじゃないと思って行っていたって合理的だと思うんですよね

 

なんでかって言うと確かにそういう目に見えないようなことでおろそかにしがちなんですけれどもすごくスムーズにするんだなっていう風に最近感じました

 

だから組織も個人もハード面とソフト面両方が良くするっていうアプローチが大事だと思っていて多分現代の日本ってお金を稼ぐ事みたいなハードよりの方はすごく尊重されているんだけれどもソフト面は疎かになってんのかなっていう風に感じるんですよねだけどそっちも多分ないがしろにさ行ったら反映しないと思うんですよそれは七つの習慣に書いてあって人格主義的なアプローチっていうことだと思うんですけれども原理原則に基づいている個人や組織は繁栄してるけれどもそうじゃない組織や個人は繁栄しないっていうことは歴史が何度も何度も繰り返し証明してきているっていう風に書かれているんですけれども

 

 

じゃあ道徳的なことをしろとか偽善的になるとか宗教に何かはまれとかそういうことじゃないと思うんですよね例えば挨拶をやろうみたいな話になったとして処理はすごく道徳的だったり宗教的な感じに聞こえるかもしれないんだけれどもまさおくん合理的なことだと思うんですよ人と人が挨拶をした時に滑らかに取引ができるって言うのは多分誰でも理解できると思うんですけれども要するに合理的なんですよねそこでもし下手な挨拶をして相手に不快感とか婦警を与えてしまった場合スムーズな取引ができなかったらそれは合理的じゃないじゃないですかだから道徳的とか宗教的とかいうよりは合理的な生活の技術なんですよね

 

だからやっぱり今回の釣行が来られたっていうのもあって大事になってくるのが人格主義的なアプローチだっていう風に改めて思ったんですよねそれで二十歳ぐらいの時に七つの習慣に出会ってから15年ぐらい経って断続的に読み返したりとか知ってたんですけどもその本を読むための目的はお金儲けだと思ってたんですよお金を稼ぐことが目的なのかなっていう風に思ったんですけど違うんだなっていう風に思いました

 

 

じゃあ具体的に何をやればいいかって考えたら普段の生活で体験を通したりとか行動してて他の人の行動とかを見て自分の襟を正すみたいなアプローチなんじゃないかなって風に僕は考えたんですよね

 

寄せるになんか聖書の本を読むとか分厚い道徳的な本を頭に叩き込むみたいなそういうことじゃないと思うんですよ体験して未熟ながらも自分が人格主義的なアプローチを目指した時にできてない点が沢山あることに振り返ると気付いたりするんですよねでもそれは全然いいと思うんですよなぜならば完全な人はいないからだと思うんですよね

だけど未熟ながらもたくさん人格的に至らないところがありつつもあこうすればよかったなあみたいなことを行動していればたくさん失敗談が出てくるでしょうし他の人を見てあここの点がすごく身勝手な感じだなぁとか思ってじゃあそこは自分は止んだようにしようみたいな風に考えることもできるわけじゃないですかそういう自覚する日の能力があるって言うのが他の動物と違うところなんですよね人間の

 

だからハード面とソフト面を両方を良くするっていうふうに考えた時に宗教的な組織にはまって入って何かやるとかそういうことじゃないと思うんですよね

 

それでなんでウーバーイーツの配達がいいかっていうといろんな大人を見て良くも悪くも学べるからだんですよね最初に2018年の5月にウーバーイーツを始めた時に純粋に疲労が興味があったからそこから拠点にしてスタートしたんですけれども港区に住んでる人達はお金をわりとたくさん持ってる人たちでじゃあなんで彼らがそこに住めてるのかっていうのがものすごく気になったんですよね何かしら因果関係じゃないですけれども単に運が良かったからっていう人たちもいると思うんですよ例えば親の相続がものすごく東大に入ったことでそのお金でそこに家を買って染めてるみたいな人たちももちろんいるんでしょうけれどもそうじゃない人たちも多分たくさんいてじゃあそこに住めてるのはなぜだろうっていうふうにまず純粋に思ったんですよね絶対何か理由があると思ったんですよしたら結論から言うとものすごくそしてしてお金持ちの場所に住んでいる人達はその人格主義的アプローチで満点と言うか成功したような人たちが結果的に金銭的にもものすごく豊かになってそこに住めてるっていう人たちがものすごく多かったんですよ

 

確かにその人達はいろんな仕事とかをしていてその仕事で結果を出したことで豊かになったっていうのはもちろん言うまでもないしもちろん何かしらの相続をすることによって得られたっていうことも言えるかもしんないんですけれどもこれは全ての人に共通して同じように統一したお金持ちの人達っていうのはその人格主義的なアプローチという点でほぼ間違いなく同じようなほぼ100点のテストであったとしたら満点のような人たちばかりやったんですよ

 

それで多分僕たちがイメージするお金持ちのイメージってすごく強欲で自分たちがたくさんお金とか物を独占するみたいなイメージがすごく強くあるんですけど実際蓋を開けてみたら全くそうじゃなかったっていうのがまずすごい発見だったんですよね

 

これなんでだろうっていうふうに考えたら多分庶民のお金を持ってないっていうか普通の人達のうつしかがみのイメージがそういう強欲とか独占とか物をたくさんみたいな欲張りみたいなイメージなわけですよだから彼らの状態を反映しているような感じなんですよね実際は多分全くかけ離れてるんですよね実態のイメージとは

 

なんでそれで思ったのは多分もちろん何かしらの技術的な面で統一してたから成功してたっていうのもあったかもしれないですけども人格主義的なその分野でのテストが疎かだったら多分素質した成果をあげられなかったんじゃないかなっていうふうに思うんですよだから例えばすごく一流の技術を持ってる人はどの分野にもものすごくたくさんいると思うんですよね例えばサッカー選手とかだったりプロ野球選手だったりとか例えばビジネスでだったら経営にものすごく才能があって炊けてる人がいたりとかそういう人たちは世の中60億人とかいたらすごい大量にいると思うんですよだけどさらに人格主義っていう分野において炊けてる人っていうのはものすごく限られているのかなって風に思ったんですよね

 

だから何が言いたいかって言うと多分人格主義のアプローチを決定したから個人は7つの習慣に言われてあるように繁栄したのかなっていう風に思ったんですよ

 

 

だから最近ずっとそういう7つの集会オンで人格主義的なところも色々考えしたちょうど同じようなタイミングでローマ教皇が来られてたっていうのはものすごく何か考えるところが個人的にあります