交通事故を予防するにはについての考察

自転車とか交通事故を減らすための方法って多分いろんな方法があると思うんですよね二つあってハードとソフトのアプローチがあると思うんですよそれで事故が起こった後に保険をちゃんと入っているって言うことももちろん重要なんですけれども僕は今日はソフトの面で考えてみたいと思うんですよね道徳な意味で謙譲の精神みたいなことを言われるんですけど僕はそれは合理的な理由だと思うんですよなぜならばそれをすることで自分も時間の節約になるし効率的なんですよね人に道を譲った方が実は自分が早く行ったほうが効率的っていう風に思えるかもしれないんですけれども実はそうじゃなかったっていうのが自転車の配達どうやっててさえさん体験で思いましたそれで道を譲るっていうのはプライドがあったりとか自我があったりとかつまり英語があったらなかなかできないことなんですよねじゃあなんでそれをやるかって言っと道徳的にもっともなことだからではないと思うんですよ自分が合理的に考えて効率的に配達をする考えたら人に譲ったほうがはるかに時間の節約になるからなんですよねそれで最近麻布十番で立ち読みで渋沢栄一論語の3番読んだんですけれども当時江戸時代から明治時代になるめちゃくちゃ変化の激しい時代すごく不安定な時代に僕は生まれたみたいなことをその本で書いてあったんですけれどもすごく不安定な時代だったんですけれどもだからこそ論語が改めて必要だったんだよねっていうことが書いてあったんですよね要するにそういう不安定な時代はお金でなんとかできるようなそういうことじゃなかったんだと思うんですよもちろん当時の政府がお金を出すことによって例えばインフラを整えたりとか道路を整備したりとかそういう金銭面での社会を良くするみたいなアプローチあったと思うんですよねそれとは別にソフト面ではその論語渋沢栄一が広く社会に浸透させるという点で社会を大きくよくして行ったんだなっていうふうに僕はちょっと読んで思ったんですよねそれって多分7つの習慣的なアプローチだと思うんですよ要するに原理原則に基づいた繁栄の基礎を作ることによって長期的に個人や組織が反映するっていうアプローチだと思うんですよねそれはお金では成し得ることが一筋縄ではいかないことだと思うんですけれども要するに何が言いたいかって言うと明治時代のものすごく不安定な時代に論語っていうソフトなアプローチがものすごく効果的だったんじゃないかなっていうふうに僕は考えたんですよ

つかれたからおしまい

セカンドオピニオン

自転車のブレーキが全然良くならなくていろんな自転車屋さんに3件ぐらい見に行ったんですけれども皆ダメだったんですよねそれで配達員さんで自転車に割と詳しい自転車が好きな人とたまたま話すことがあって初めての人だったんですけど結論その人がワイヤーを少し調整してくれてそれでブレーキの効きが良くなったんですよね

 

何で自転車屋さんでブレーキが治らないかっていうのを考えたらお金にならないからだと思ったんですよね要するにブレーキをちょっと調整するだけで治るようなものだったんですけれどもそれやっただけだと稼げないんですよだからブレーキパッドがとかワイヤーを交換した方がいいとか今船となんかは交換した方がいいですよみたいな全く関係ない話になったりとかしたんですよねでもそれは僕のニーズではないんですよ今のタイヤを交換するっていうのは全く今は緊急的に必要性がなかったんですよねだけどお店にとっては稼ぐことが目的なわけだからそういう感じにいろんな提案をすることでお金を稼ごうとするんですよねそれはものすごく正しいと思うんですけれども

 

これなんでかなっていうふうに考えたらポジショントークなのかなっていう風に思ったんですよね自分のポジションの利益になるようなことを言ってるからなのかなっていう風に思ったんですよこれっていろんな場面で応用できるのかなっていうふうに思うんですよね例えば医者なんかは自分のポジションがあって自分の利益になるようなことを診断する可能性もなくはないと思うんですよ必要性のない薬とかを処方することで利益になるならば相手が医療に対する知識が全くない素人ならばだいたい医者の言ったことは鵜呑みにして信じ込んじゃうんですよねほとんどの人がホリエモンチャンネルで堀江さんが言ってたんですけれども医者の言うことはだいたい鵜呑みにしちゃうんですよだけど相手は医療に関して素人だから足元見ていくらでも適当なことを言える立場でもあると思うんですよねだからその診断自体が本当に正確かどうかっていうのは素人からしたら全く評価できないことだと思うんですけれども実際問題そういうことが当たり前の状態だと思うんですよねなぜならば診断っていうのは医者っていう人間がやっているものだから人間が判断した物っていうのはいくらでも解釈が無限にあることだから人によって同じような事象を見たとしてもいろんな解釈の仕方が無限にあると思うからなんですよね何で大事なのはその診断自体を疑うことも大事だと思うんですけどもやっぱりセカンドオピニオンみたいなのもあると思うんですけども二つ三つみたいな場所で診断してもらって精度を高めるって言う事が大事だと思うんですよ例えば4カ所の医療機関で診断してもらった結果四つとも全く同じ診断になっていたらそれはほぼほぼ合っていると思うんですよねだけれども一つの状態を見てもらった時に五つの場所で見てもらった場合一つ一つ診断が全く違うような感じだったらそれは一つの場所を鵜呑みに信じ込んでしまったらいけないと思うんですよたぶんそういうのってものすごくありふれた自然な感じだと思うんですよねすごく特別なことじゃなくてそういうのがものすごくありふれてると思うんですじゃあ医者が悪いかって言うと多分そうじゃないと思うんですよねなぜならばそういう正確な診断ができない医者の方がものすごくたくさんいるからで大事なのはそういう状況で自分がどうしていくかっていう自分自身なんだと思います

自転車事故予防委員会

 

※こちらの文章はGoogleの音声入力で一筆書きで書いてますので誤字脱字ご了承下さいm(__)m

 

 

 

堀江貴文さんが予防医療普及委員会みたいなのをやっているんですよねその中の一つでいろんながんの予防についての啓発活動をしているんですけれども例えば胃癌についてはピロリ菌っていういの中のウイルスがあるとそれでほとんどの人が胃がんになってしまうっていう統計的な医学的なデータがすぐに科学的に証明されていてじゃあ検査キットを使って自分の中にピロリ菌があるかどうか検査してピロリ菌があった場合はそれを除去すれば胃がんのリスクはほぼほぼなくなりますよねっていう啓発活動をしているんですね

 

 

あと例えば HPV ワクチンっていうのを国が主導となって義務付けるような啓発活動もしていてなぜならば子宮頸がんは HPV ワクチンを打つことによってほぼほぼを防げることができるからで現状の日本の問題点は過去にマスメディアが HPV ワクチンの副作用を因果関係が科学的に証明されてないのにも関わらず情報を繰り返し流してしまったことでワクチンの接種がなくなっちゃったんですよね要するに自治体がメディアがすごくネガティブな情報を流しまくっちゃったがために積極的にワクチン受けれますよみたいな PR をしなくなっちゃったんですよそうすると子宮頸がんで亡くなる人たちが入っていた数年間いてそれは HPV ワクチンを受けることによって保護をなくすことができますよっていう啓発活動していて例えば15歳までは HPV ワクチンは地方自治体で無料で聞けることができるんですよね確か3回ぐらいに分けて摂取するんですけれども16歳以降になるとそれを受けるには5万か6万ぐらいかかるらしいんですよだから15歳未満に摂取をするとその5万ぐらいが節約できるんで打たないではないよねみたいな啓発活動をしているんだと思いますそれで男性についても HPV ワクチンを接種するのが推奨されていてなぜならば感染症だから成功をすることで広まってしまうからなんですよね要するに男性もリスクがあるって言う事なんですよだからそのワクチンを受けることによって男性も喉頭がんか何か分かんないんですけど癌を予防することにつながるわけなんですそれでおりえさんはそういう活動をお金を稼ぐとかそういうことに関わらず活動を行っているんですけれどもなんでじゃあ堀江さんがそこに着眼したからって言うと本人が興味があるって言うことはもちろんだと思うんですけれども自分ごとだからだと思うんですよそれは自分ごとでもあるし他の人にとってもものすごく問題だからそこをパックすることで自分だけじゃなくて他の多くの人にも行かせるからだと思うんですよね

 

 

じゃあ自分は同じようにどうなのかっていうふうに考えた自転車に関しての問題点とか課題とかがすごくたくさんあってそこを改善してみたいなっていう風にすごく思うわけですなぜならば自分は自転車を乗っていてすごく身近私毎日使ってるからんですよねもちろん自分は完璧に出来てるかって言うと決してそういうわけじゃないんですけれども自分が出来る範囲でやろうかなって思ったんですよね

 

だからそこの辺は堀江たくみさんもすごくベンチマークできるわって思っていてほとんどの人は痩せれば堀江さんは別次元の下から自分たちにはできないよみたいな話を多分する人もいるんでしょうけれども僕はそうじゃないかもって言ってなんでかって言うと多分みんなができるような再現性あることをやっていると思うんですよ

 

だから僕は自転車の事故とかを予防したりとか減らしていくっていうことが決まったらいいなと思った時に堀江さんがやっていることを徹底的にベンチマークしてトレースして同じようにやっていけばいいんじゃないかなって気に思うんです仮にそれをやったとして全然できなかったとしてもそれはそれで全く良いと思っていてなぜならば最初はうまくいかないからなんですよね言ってくうちに上手くなっていくと思うんですよチャレンジしていくうちにどんどんどんどんそういう何かを支給したりとか啓発活動とかをして行こうと思った時にどんなチャレンジしていくとその精度が高まってくと思うんですよねだから最初はうまくいかなくても全然問題ないっていうかそれがとても自然な状態なんだと思いますそれでなんでそういう風に思い立ったかって言って昨日立て続けに道路沿いに亡くなられた方の花束を2件見たから一軒目は江戸川橋駅前の横断歩道のそばに置いてあってもう一軒目は高島平の近くにくら寿司行く途中の道路に横断歩道の横に添えてあったんですよね要するに2件とも最近起こった交通事故だったと思うんですよつまり何が言いたいかって言うとものすごく交通事故で亡くなった人は多いっていうことなんですねそれで交通事故で亡くなった人がそれだけいるって言うことは普通にならなかったけど事故で怪我した人っていうのはものすごく全国でたくさんいるんじゃないかなっていう風に思ったんですよそれでなんでかなっていうふうに考えたら僕は技術の問題なのかなっていう風に思ったんですよね

 

 

寄せる二次元したの音に対する知識の問題が事故かどうかっていうのに結構左右してるんじゃないかなって風に言いましたですねそしたら知らないよりも知っていたほうがより事故のリスクを軽減できるならば知るに越したことはないと思うんですよなぜならば知識は減らないから

 

それって捉え方だと思うんですよヘルメットを例えばかぶることがめんどくさいと思っててもある人にとってはクールだったり合理的だったりっていう風に捉える人もいると思うんですよ合理的だなって思ったら多分スマートな人はそれやると思うんですよねなぜならばそれが賢いことだと思うからだからそこの辺てたぶんパラダイムシフトパラダイムシフトの問題だと思うんですよある事象があったとしてそれをどういう風に捉えるかっていうことだと思うんですけれども例えばバスキアのセフレだった大ホール何かわみんなが持っている人がクールだっていうパラダイムシフトにマリリンモンローのアートを使うことで成功したんですよだけどそれまでは一生なことがクールみたいなパラダイムだったんですよ要するにお金持っていうのはオーダーメイドを押して自分独自の服とかを切ることがすごくステータスだったりそれがクールなことだったんですよねだけど80年代に彫り物のアートが出てみんなが持っていることが狂っているパラダイムになったんですよねパラダイムシフトは可能だと思うんですよねやりようによっては SNS とか今あるから個人でもそういうことがやれなくはないと思うんですよね

 

 

パラダイムシフトをするってた時にそのテクノロジースマホとかの SNS とかの強力な力を駆使してできるかどうかっていうその技術があるかどうかっていうことのほうが実はお金を積み重ねたりとか資産運用たくさんあるとかそういうことよりもはるかに僕はわくわくするんですよね

 

これで多分堀江さんの元の作り方どうとかもそうなんですけれども以前に立花孝志さんと堀江さんの対談で動画で見たんですけれども言ってたのがやっぱり Twitter とか SNS の登場がものすごく大きかったよねっていう話してたんですよね要するに2006年とか2007年以前はそういう SNS がなかったわけだから個人がなにか視聴したい場合でも発信する手段がほとんどなかったんですけれども今はものすごくいろんな SNS の手段があるからいくらでも発信できるよねっていう話だったんですけれども同じように個人もそういう SNS で使えるわけだから出来なくわけないと思うんですよだから個人個人が考えている社会的な問題とか課題とか色々あると思うんですけれども個人レベルでそういう SNS を使うことでまた堀江貴文さんみたいな活動を定期的にベンチマークして完コピすることで同じようなことができると思うんですよね

やりたくないことはやらない

ブログを自由帳に殴り書きするような感じで音声入力で書いてるんですけれども誤字脱字とかかなりあるんですよねでも Google の音声入力は飛躍的に進化を遂げていて黒糖精度が上がってるんですよそれはすごくびっくりするぐらいなんですけれどもだけどエレベーターの中とかそういう狭い場所とか大通りの人通りが多かったりとか車がすごく走ってるような騒音がある場所での音声入力はまだ精度が高くないんですよねだから誤字脱字とかすごく出てきてしまうんですけれどもだからといって編集をするのはやりたくないんですよねなぜならばめんどくさいしやりたくないからなんですよそれをやることがすごく何かしらの金銭的なインセンティブがあったりとかすごく楽しいことだったらやればいいんですよ編集を例えばしたことでものすごく誰かに込められたからすごくそれをやることが楽しかったと感じる人はそれをやればいいと思うんですよねだけど僕は全くそういうふうに思わないんですよねすごくやりたくないことなんですよだからそういうのはやらなくても全然いいと思うんですよねで以前にブログの何かしらのフィードバックを下さいとお願いしたら誤字脱字があって見にくいから編集した方がいいって言うフィードバックを頂いて一時期やってみたんですけれどもやっぱり面倒くさいなっていう風に思っちゃったんですよねだからこれは僕には向かないわっていうふうにそれから少し経ってからまたやらなくなったんですよじゃあ7つの習慣の観点から言うとそれは第二領域の活動なのかっていうところがポイントだと思うんですけれども僕はそうじゃないと思うんですよね緊急でもないし重要でもないと思うんですよなんで第一領域に入ると思うんですよねそれで第一領域っていうのは最もやっちゃいけないことなんですが第二領域の活動をする理由は第1領域の無駄な活動に自分の時間とかお金とかそういうリソースを割くことを減らすために第二領域の活動をしているっていう目的もあると思うんですよねそしたら第一領域の編集をすることっていう活動は全くやってたらもったいないことだと思うんですよ時間のだからやらないんですよ 

ウーバーイーツのインセンティブ改善は選択の自由とクオリティ・オブ・ライフを拡大させた件

システムがインセンティブ良くなったから港区とか六本木とか中央区とかあえてわざわざそっち交通費かけて行かなくても全然一番近い上板橋とか志村三丁目でいいなっていう風に思った要するに1日20回平日のインセンティブはやればいいわけだから20回なら悪いと朝9時からやればものすごく余裕を持ってできるんで

何でインセンティブが良くなったことで選択の幅が拡大したことなんだと思う要するに選択の自由が拡大したってことだと思うよねだからどこでやろうと大体大丈夫なのかなっていう風に安心感が増しましたそしたらガーデン上板橋かなっていうふうに思うんですよねなぜならば交通費もかかるし通勤も1時間とか片道とか往復とかかけるのとか時間の無駄だしあっちは交通量が多いしハイタクの量も確かに多いんだろうけれども一つ一つの配達先が3 kg 前後とか長いのばっかだから

問題はブレーキ何歳ブレーキでブレーキの効きがあんまりよくないから危険度でいったらロードバイクはブレーキが効きにくい姿勢がちょっと自然じゃないからママチャリの方がはるかに事故のリスクは少ないんだと思いますそういうのもあって慣れてるしアンテナドコモのシェア自転車の方がいいなって思ってたんですけれども電動自転車6万ぐらいドンキホーテ売ってたんでそれ買っちゃってのもいいのかなっていうふうに思います

 電動自転車を11月毎週いくら勝手に立てておいて12月のいっぴにクレジットカードで買ってそうすると支払いが1月の5日とか2ヶ月先だからそうすると例えば5000円ずつ積み立てて2万円を頭金にして6万の電動自転車買ったら4万円を2ヶ月と5日で割る漢字だから一か月で20040で2万だから一週間5000円ずつ払う感じですねそういうわけでドコモのシェア自転車も解約してもいいかもしれないなっていうふうに思います

だから一か月もたたないうちにドコモのシェア自転車をまた解約しようと思ったんですけどそういう小回りの時代なんだなっていう風に思いますなぜならば時代の変化が早いからでそっちの方がめちゃくちゃ変わりまくる状況に対して周りかして最適な方向でアジャストさせるっていうのができるからね何で多分大きい組織だと割とそういう小回りみたいなのが効かせることができないと思うんですけど一人とか個人とか小さな組織だと小回りがものすごく効くから大企業である必要はなくて逆にそれだと逆に良くないみたいなことを堀江さんが言ってたんですけど北海にそういうことなのかなっていうふうに思案はそんなに大きくないんですけど今回の件から思うんですよねやっぱりロードバイクは電動自転車軽いしてるから割と楽だし後効果的な姿勢とか漕ぎ方とかそういう技術なのも多分あるだろうからその辺をハックすることでさらに快適に効率よく配達できるようになると思うんですよねだから可能性としてはロードバイクの方が高いのかなっていうふうに思いますカスタマイズ性も多分電動自転車はほとんどもなくてロードバイクはなんでそっちの方が遥かに面白いロードバイクがものすごく何かとかだったら別ですけども問題点はブレーキだけですからそこクリアしちゃえば後はやっぱりこっちの方がはるかにいいかなと思いますそれでそれがあれば特に返却とかする必要もないし電池も残量気にすることもないしそういうドコモの電動自転車特有の返却とか電池の残量とかポートにどこに自転車があるかを探すとかそういう歯ブラシ手間がロードバイクだと省けるので逆にメンテナンスが結構かかるんでそこの辺は自分でできるようにすればお金かからなくなるから例えばジェイソンとかでブレーキパッド190円とかで売ってたんですけど自転車屋さんでお願いすると1500円とか買ったんですよね

檜町公園の純粋なバスケ少年

今日檜町の公園でバスケやってたら2on2やりましょうって中1のこが声かけてきてやってたら途中から混ざった子が型にハマってなくて運動神経よくてめちゃくちゃうまかった。途中近くに住んでるんか知らんけどママさんが帰るよーみたいに声かけてきたんだけど、カタコトだったから外国人の人なんかね。純粋に全身全霊攻撃も守りもやって尋常じゃない位負けず嫌いで攻撃は全部自分一人でやってしまうような超絶積極的。日本人の感覚じゃなかった。普通なら後ろ指さされるような異端な感じなんだろうけど、グローバルな空気がながれてる六本木に住んでるなら割と周りが許容そう。背がどのくらい高くなるかわからんけど多分プロ行くと思う。根拠は純粋さ。バスケへの純粋さが最も大事と思うけど、そんな感じだった。多分彼をみたら多くの人は否定的にみたりすると思うんだけどむしろ型に全くはまってないのがうらやましかっです

檜町公園でバスケやったけど楽しかった件でのアウトプット

檜町公園でバスケやってたら途中からみたいにやりましょうみたいなことを子供が話しかけてくれて一緒に行ったんですよね最初に痛い2時でやってて途中から一人シュートの練習入ってきた子がいて小学校3年生と4年生ぐらいの子なんだけど一緒に行ったんですよね2対3でそしたらその子がめちゃくちゃ上手い子でとにかく攻撃も守備もガリガリやる人で大学生ぐらいのバスケの経験者みたいな人も一人いたんですけどその大人相手にもガリガリディフェンスやってて凄いなっていう風に思ったんですよ手感覚がちょっと普通の人と違うなと思ったら途中で近所の住んでた人なのかお母さんが買えるよみたいな感じで声かけてきてそのお母さんが多分外国の人だったんですよね多分ハーフの人でだからその子も運動神経がめっちゃくちゃ俊敏で早いし経営会議だし動き方がもう全然日本人みたいな感じじゃないんですよ卑猥なことにそのことを2対2でやった時に一緒のチームになって割とすごい似てるなと思ったんですね感覚がすごい僕は割とそっち川なんですよコミュニケーションとかもう凄いするような感じじゃないんですけどとにかく感覚が違うんですよね普通の人とは

たぶんこの人絶対うまくなるなっていう風に思ったんですよまだ小学4年生とかなのに中学校1年生の子も一緒に行っててその子よりも体は全然中学生の方が大きいんだけれどもフィジカルがもうすでにすごい迫力で圧倒してたんですねその小学4年生ぐらいの子の方がバチバチ行くような感じですごいなーっていう風に思ったんですよ

攻撃に関してももう持ったら全部自分でやってのけるみたいなそういう物凄い積極性でこれは普通の日本人の感覚はこういう物凄い積極的な人ってなかなかいないなっていう風に思ったんですよ

それでものすごくバスケが好きなんだなっていう風に思ったんですよねとにかく純粋にバスケを楽しんでるし上手くなりたいっていう風に思っている子だからこの子はものすごくうまくなるなっていう風に思ったんですよ多分檜町公園の近くに住んでる人だから結構な金持ちの人だと思うんですけれどもそういう経済的な環境恵まれているからおそらくバスケットに専念できるような環境にどんどん親御さんが整えていくんだなって思ったんですよね

僕はもちろんバスケ初心者ですしごき買ったとか全く分かんなかったんですけれどもとにかくその方が物凄く積極的に攻撃自分で一人でやってるからサポートをして行こうかなっていう風に思ったんですよねそれはフットサルと全く同じでフットサルもボールを持った時にサポートが何人も言った方が攻撃力が選択肢が増えるんでませんですよね

そんな感じでバスケの動きとか全く分かんないんでやろうと思ったんですよ

あ全部その子がやってしまったみたいな感じになっちゃったんですけどもそれでも色々学ぶところがたくさんあったんですよね例えばリバンドの予測についても僕は背が高くないのでリバウンドする機会って滅多にないと思うんですけれども予測を正確に精度高くやれば背が高くても予測したところにボールが飛んできたら取れると思うんですよ

背が高くない部分シュートをした時のリバウンドのどこに飛んでくるかっていう制度をとにかく上げて行こうかなっていうふうに一つ思いました

それで多分遺憾に思われるんですよなぜならば周りの人と違うっていう風に人によっては捉えると思うんですよね特に田舎の方とかは昔の価値観がすごくまだ根強いと思うからそういう環境だとみんなと同じように強制されたりとか指定されたりとかされてしまう可能性もあると思うんですよでも僕は全然そんなことはないと思うんですよねむしろみんなとまったく違って逆にいいなっていうふうに思うんですよ反対側に反対チームの二人は二人とも日本人ってものすごく日本人特有なんですよね要は型にはまっちゃってるんですよだけどその子は全く形にはまってないんですよね要するに強制されてないにせよ僕はそっちの方がものすごくいいなっていう風に思ったんですよ純粋にバスケを楽しんでると言うかもう本当に没頭してるんですよねすごくいいなって思ったんですよ全く僕もそれの状態でいたいっていうふうに思うんですよね

それで彼がどういう環境にいるかわからないんですけども多分この子は成功するんだろうなっていうふうにやってて思いました全く否定することなく主体的に勝手にその子が考えた通りやっていけば絶対に成功するは僕は思いました途中で多分みんなと全く違うっていうその感覚的なところで他の人から否定されたりとかもするんだけど全く関係ないと言うか気にすることないわっていうコイン持った


でとにかく全身全霊でやってる感じだったんですけど服はすごく全霊でやってたんですけれども中途半端だったですよね周りとだけど彼を見て全然加減しなくて全身全霊でやればいいんだなっていう風に思ったんですよねとてつもなくもうのめり込んでプレイしてるんですよ間違いなくこの子は将来プロに行くなって言った確かにまだ背は高くないんですけれども既にもうものすごい身体能力だったんですよね0@

それで僕はそういうシュート練習してて声かけて2オン2やるみたいなそういう自然なのがいいなっていう風に思ったんですよみんな自然に声かけあって一緒にやるみたいなのは別にそれは友達だからとか知り合いだからとかじゃなくてみんなはバスケが好きなもの同士一緒にその場へ行ったら声かけあってゲームやるって言うのが自然なのかなっていうふうに思うんですよ

だから知り合いだからとかそうじゃないからとかで来るんじゃなくて友達だからとか仲良いからとかでくくるんじゃなくてバスケとかフットサルとかもそうだと思うんですけどそれが好きな人同士がその場で集まったらみんなで一緒にゲームやればいいと思うよねだから組織とかを作ってやることってあんまりいいとは思わないですよ

2時間ぐらいプレイしたんですけどすごく楽しかったんですよねやっぱり純粋にバスケは素人同然だから全然うまくできないから逆にそっちの方が楽しいなっていうふうに純粋に思うんですよね

 

 

でやっぱり動きが全然わかんないんですよねどう動いたらいいかとか全然素人なんでわからないんですけどフットサルも最初はそういう感じだったんですよ全く動きとかがわからなくて一緒にプレイしてた人にこっちに動くんだよみたいな感じで教えていただいてそれで徐々に少しずつ分かるようになって食べちゃうねだからバスケットも今全く同じような状況でうまくプレーできない状況とかは全然いいなと思うんですよなんでかって言うと回転寿司が無限にあると思うからなんですよねだからそっちの方が個人的にはすごい楽しいと思うんですね

 

やっぱりバスケットってそういう感じで2対2とか3対3で気軽に割とできるって言うのがすごくいいなっていう風に思いました

七つの習慣にフルコミットする

結局よやっぱり長期的に豊かな生活をするためには7つの習慣を徹底的に学ぶことが自分にとっては大事だと思いました

 

 

たぶんそれは23年とか短期的に獲得できるようなことではないんですよね何十年って長期的な時間をかけて獲得するものだと思うんですよねだから短期的利益とか稼げるはまた別の話だと思うんですよだけでも長期的に考えれたらやっぱり自分の人生を

 

具体的にはオーディオでひたすら聞き流すっていうことをそれだけやろうかなっていうふうに思いますつまり情報のシャワーを浴びまくるって言った後は断ることにそれをアウトプットする契機になったらするみたいな感じにしてきたいと思う

 

プレ7つの習慣自体もあくまでもそれが目的なんじゃなくてツールだと思うんですよねやっぱりいい世の中とか個人的にも豊かな時代豊かな生活をするための一つのツールだと思うんですよ

 

二十歳ぐらいの時に知り合いのおじさんから7つの習慣を紹介してもらってそれがきっかけだったんですけれども当時は原理原則みたいな概念も全く分からないような状態で読み始めたんですけれども

 

パリ何回も読み直すことを夏の時間の本の中でも紹介されていて一回読んだらそのまま本棚にしまっておくような本じゃなくて繰り返し繰り返し読み返すことを推奨しています

 

 

二十歳の頃に読んだ時は全く本の内容がとんちんかんで全く理解できない噛んじゃったんですよねだけど今やっぱり読み返してみると結構こういうことだったんだみたいな今までの体験をベースとした辻褄が合うような感じでまた理解を深めることができるのかなっていう風に思えました

 

 

腕断続的にそれを続けてたんですよね20歳の時に出会って呼んでずっと読んでて途中で飽きて違う本を読みまくってでまた7つの習慣読むわっていう風にモチベーションが上がっていっときずっと読んでまた飽きてやめてっていうのをずっと二十歳の時から35歳まで繰り返してきたんですよね

 

 

で途中からお金を稼ぐことが目的だと思ったんですよ今日は7つの習慣を学んでいくことでそれを使うことで自分がお金を稼げるそれが目的だと思ってたんですねでも実際にそれは違うんだなっていうことが分かったんだよね

 

 

たくさんのお金を得ることが目的じゃないってばすごく実感したんですよでも今まではずっとお金がものすごく大好きだったでしょうねすごいお金が好きでお金もずっと食べてたりとかそれを稼ぐことがすごくわくわくしたりとかもちろんそれでたくさんのね遊べることも行けるしっていうお金フェチだったんですよね自分自身が本当にお金が大好きだったですよ

 

 

だけど今の時代ってもはやお金がなくても十分豊かに生きられるような時代になったんですよねなぜならばテクノロジーがものすごく急速なスピードで進化していて今後さらに飛躍的に進化するしそのスピードはどんどんどんどん早くなってるからなんですよね

 

 

お金を得ることで安定を得るというよりはむしろそういう強力なテクノロジーのパワーを使いこなせるかどうか知っているかどうかっていうことの方がはるかに大事だと思うんですよそのためにはスマホが既にあっていくらでも情報収集できて例えば何かデバイスがあったとしたらそれを実際に使ったりとか買ってみたりとか Amazon ですぐポチったりするみたいなそういう一回試してみるみたいなフットワークの軽さとかノリの良さみたいなのは大事だと思うんですよね

 

 

雨にはすごくお金は大事なんですけれども別にじゃあ100万するデバイスを無理して買って試すみたいな話じゃないと思うんですよ1万円持ってたとしたら500円ぐらいのデバイスが出ていて気になったら使ってみるみたいなことで十分だと思うんですよねつまり身の丈にあったため4をするってことだと思うんですけれどもダイソーとかでも充電器とかスマホ周りのパーツなんかは便利なのがたくさんあってそういうのを使ったことなくて試してみるって言うこともすごく有益だと思うんですよね

 

なんでやっぱりお金じゃなくてそういう行動力みたいなものをいうような時代になっちゃったと思うんですよ

 

しまえんまではだから7つの習慣は自分が大好きなお金を稼ぐことのために使うものだと思ってたんですけれどもどうやら自体も変わったりして違うんだなっていうことにまず気づきました

 

エニー自分の人生の豊かさとクオリティライフっていうものはお金を使って得るものではなくて7つの習慣だったりとか他のはもっとお金以外の可視化できないような要因によって左右するものなのかなっていう風に思ったんですよね

 

 

 

みんな全く違うけど、自分にあった楽しい事とか興味あることを知ればいい

何よりも自分史が純粋に楽しいことを打ち込むことが最も良いことだと思うんですよね

 

それは本人自身しか分からないことだと思うんですよ

 

周りがこの人はこれが向いてるからとかこれをやるとすごく今後にいいからとか利益になるからとかそういうのを基準に何かを選ぶっていうことではないんですよね

 

純粋にそれは後行った時に自分自身がワクワクするかどうかはすごく大事だと思うよ

 

例えば野球がすごく流行っている地域があったとしてみんなが野球をやってたしても自分は野球をすることがそんなに楽しくないと純正に思うんですよね

 

 

 

そしたら無理にみんなに合わせて野球をしなくてもいいですよね

 

そういう感じで画一的な時代は多分ほぼほぼ終わってるんですよね

 

 

なんで確率的が一般的なものになったかって言うと多分それは当時最適会だったからだと思うよ

 

 

つまり工事はすごく強くない立場にあってだから数の力で村があることで力を得ることだったんですけど今テクノロジーっていう強力なパワーを個人が得られる時代になったから数の力をお借りなくても個人は十分テクノロジーの力でそれを借りて豊かに生きられるような時代になったんですよね

 

 

 

そうするとみんな違うのが当たり前なはずでみんな違う確率的じゃないっていう状態が姿勢なんですけれどもしれな状態でも割とそういうテクノロジーを使うことで生きられるようになったんですよ

 

 

だからみんなと一緒に同じことをやる必要はなくなったわけなんですよね

 

 

もっと大事なのは個人個人実は同じように見えて繊細に違うし水も全く繊細に異なるわけでそれに対して絶妙に合ったものを取り入れるって言うことが大事だと思うんですよ

 

 

例えばある人は物理学がものすごく絶妙に自分に必要な学ぶ対象だったですよね

 

なぜなら彼は将来研究者になってそれを使って何かを開発するっていう明確なビジョンがあったからなんですよね

 

 

つまりその人にとっては実用的に物理学をハックする学ぶっていうことは実学として必要だったんですよね

 

 

だけどほとんど多くの人にとって物理学を詳しく学ぶということは全く実学ではないと思うんですよ

 

 

教養として広く浅くじゃないけれどもある程度知っておくっていうのは確かに有益かもしれないんですけれども細かく学ぶっていうのは術の全ての人に同じように必要かって言うと違うんですよね

 

 

だから同じようにアカデミックなもっともらしい学問を全ての人に均一にそれは一見公平に見えるようなことなんだけれど同じように教える必要は全くないと思うんすよね

 

 

ある人にとっては話を聞く技術のがものすごく価値がある場合があると思うんですよ

 

例えば取材をする記者とか飲み屋のスタッフさんとかは話を聞くことでさらにたくさんのお酒を飲んでくれたりすることで売上につながるみたいな環境で過ごしている人にとっては頷きの仕方とか話を聞くこととか深掘りする方法とかそういうところを学んだ方がすごく実用的なんですよね

 

 

江戸時代は幾何学と数列が実学として漫画 baletta ですよねなぜならば商品はそれが生活の中で必要だったからですよね

 

 

田んぼを測る時に入り一化学が必要でみんなは自営業的な感じだったから急に計算をするために手術が必要だったんですよそれでそれらを教える数学の専門家みたいな人が全国を歩きまわってる人がいたんですよねそういう人たちが全国津々浦々農村に入って賞味にそういうのを教え待ってる人がいたんですよ

 

 

当時実学だった数列解き科学が明治以降になると実学じゃなくなったんですよつまり必要じゃなくなった遇えんなですよねなぜならば工業化が始まったわけなんですよ江戸時代までは庶民は自営業的な感じでそれぞれ仕事を営んでいたんですけれども明治以降になってから工業化が集まってそういう人たちをかき集めて一つにしてていう工業化が始まったから数列とか幾何学は必要なくなったんですよね

 

 

何で明治以降になってからまた次数学としては何かっていうのを考えて明治以降に自主学を教えるようになったんですよ

 

 

 

 

 

 

PayPay

 


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帰り志村三丁目駅オリジン弁当で paypay 買った

QR がついてる紙がこんな感じにあるからお店がもう初期投資とかほとんどかかんない子導入めちゃくちゃ楽ですよね

今までずっと楽天ペイだったんですけれども楽天ペイに紐づけていたクレジットカードが更新になって新しく登録し直したら二段階違う3 D セキュアみたいなのを入力してくださいみたいな感じになってそういうのクレジットカードで登録してないわっていう感じになって新しくそれを設定するのもめんどくさいから楽天ペイはやめたそれでたまたま paypay 使ってみたら結構 paypay の方が全然いいわっていう風になった

やっぱりクレジットカードは便利だけどデビットカードとかセブンイレブンで現金でその都度セブン ATM からチャージ簡単にできるからそれで paypay とかチャージした方が安心かなっていう風に思いました

あとえいきくんに教えてもらったバンドルカードもセブンの ATM でチャージするとデビットカードが使えるような感じなんですよね

だから使ったぶんだけそこから引かれる感じだからそれ以上使いすぎることもないしそっちの方が全然安心なのかなっていう風に思いました


多分ほとんどの人が陥っていると思うんですけどやっぱりクレジットカードは簡単に疲れちゃうからどうしても自制心が強くないとついつい使いすぎてしまうんですよねそれでその時はすぐ支払いできておいしい思いはできるんですけどその後をつけを払うっていう感じで結局そのためにたくさん働かなきゃいけないっていう感じになってしまうのでやっぱりデビットカードとかペイペイにチャージその都度するっていうのが最適なのかなっていう風に思いました自分の中では


実際にでもそういうのって自分が体験として痛い思いをして失敗して痛感したからそれが最適解なのかなっていうのに自分の中で腑に落ちて体感して実践したんでほとんどの人は失敗したことはすごく良くないことだと思うんですけれども僕はそういう失敗をすることでその後の同じような繰り返ししないような再発防止策を作るみたいなそういう感じの繰り返しなのかなっていうふうに思います

だから確かに一時的にはとても良くない状況だったりする時もあるけどそれはそれ以降二度と来ないようにするための大事な体型なのかなっていうふうに思います

 

paypay は paypay フリマっていう名前のフリマも新しく先月と今月 iPhoneAndroid で走り回って今結構キャンペーンとか例えば送料を負担するキャンペーンとか15%とか20%還元するキャンペーンみたいなのは積極的にやっていて僕はヤフオクにその機能あるからいいんじゃないかなって風に思ったんですけど paypay っていう名前を入れるそのブランドでフリマをやるのはいいよねみたいなことを堀江さんが確かニュースピックスで言ってて

あとやっぱりいろんな QR コード決済を一つにまとめるみたいな最適解があったらなっていう話も確か対談でホリエモンチャンネルでしていて LINE Pay をソフトバンクが買収すればいいのにねみたいなそういう最適化の提案みたいなしていました

 

おととい実家に久しぶりに帰ったらうちの両親ともにスマホは母親は割と使うようになって父親は全く YouTube とかタブレットはたまに使っているらしいんですけれども無頓着なんですけれども QR コードに関してはやっぱり政府が主導でやっててメディアも結構取り上げている影響なのかわかんないんですけど結構食いついてましたね


うちの母親は paypay を使うみたいなことを言っていてインストールしてあげようとしてしたんですけど登録したら SMS 認証の電話番号が020のやつで使えなかったから登録できなくて諦めたんですけれども多分うちの両親とかがちょっと顔っていう風に関心を持ってるって言う事は結構そういうかなり使わない層の人たちも使うようになってきてるのかなっていう風に感じました

 

実際にちょっとやったことないからわかんないんですけれども paypay 同士で送るやつがあって参加費とか経てば飲み会とかも割り勘とかでそういう風に送金してお金集めるみたいなやってる人もいると思うんですけどそういう感じで個人レベルで何かイベントとかをやったりとか自衛的なやつをやった時にそれで支払いできるのかなっていう風に思いました


だからお店なんかも別に何で登録しなきゃいけないのかなっていう風に不思議に思うんですけどそこに変な仕組みとかどうなんですか

お店用の専用の paypay のアプリをインストールして登録すればそこに送るようにすればすぐにお店で支払う時のやつが QR コードが出てくるんでそれでいいんじゃないかなっていうふうに思うんですけどお店行ってないんでしょこの辺の仕組みがちょっと分かんないんですけど導入とか登録してから割とスムーズで安いのは僕の友達がいてました

物理的な作用

よく電車とかでバスとかでもそうなんだけどなんか自分が座ってて隣に座られたくないからってすごい独占してる人とかが入るよね例えばバスとか二人の席があったとして奥の方に大体座るのがデフォルトなんすけど敢えて内側に座って奥側が座れなくなるように物理的にすることで二つの席を独占するみたいなそういう自分独りよがり自分勝手な大人がすごくはびこってんですよね例えば電車とかで新宿とかで大きな駅は次あるとしてそうすると自分の目の前に人が来ないようにあえてその到着するちょっと前に自分の足を前にすることによって物理的に自分の前に人が来ないようにするような輩がものすごくたくさんいるんであれば

 

そういうあの自分勝手な親とかだったりするんすけどそういう人に限ってなんか立派な教育しゃぶったりするんですよ子供とかが何人かと書いてなんかまるで自分は大人だからすごいえらい真っ当な大人なんだみたいなマウンティングをして子供にものすごいマウントとってエロ偉そうなこと言ったりするんじゃね例えば子供が何か騒いだりしたらすげえなんか偉そうに何かあれダメこれダメみたいに言ってるんですねだけどその本人には実はそんな感じでバスなんか乗ったりしたら隣に人が来ないようにつまり自分がその空間を独占するためにあえて通路側の席に座るようなそういうあのなって浸かり支離滅裂じゃないですけど言ってる事と自分の行動が全く一致してないようなそういう大人がものすごくたくさんいるわけなんですよでもちろんそういう人達って多分周りの人だから人からものすごく牽引されていて周りは直接言わないんですよねなぜならなるやっちゃってるから直接ダイレクトに気づいこと言わないですよ日本社会って多分そういうことでふわっとした付き合いをしていくわけなんですけどその中でもものすごく距離を置かれると言うか積極的に付き合いたいなっていう風に思わない輩なんですよね僕なら絶対そうですよ普通に考えてそういう席を独占するような公共の空間をまるで自分の空間曲線するような大人でなんか子供にはなんか偉そうにマウンティングするようなこういう辻褄が合ってないような大人は絶対に距離を置いちゃうんじゃね

 

じゃあ多分みんなそんな感じでそういう人たちは距離置かれてると思うよ

 

最近電車に乗ったりとかすると昔と比べてだいぶでそういうなんか隣に席が空いててそこ独占したいからまるでなんか自分の部屋みたいな空間を公共の空間を独占するような自分勝手な人たちがものすごく世の中に蔓延ってて感覚的になんか昔よりもなんかそういう電車とか乗ってってそういうお客さんがすごい多いなっていう風に感じちゃうんですよねこれなんでだろうと思うよ

 

結構おいしいよ結構はそういう電車の隣が空いててなんかだとか置いたりとかちょっと子股広げるみたいな物理的に隣の席を独占しちゃうような人達って結構いるし

 

 

本人はなんかすごく自然になんか当たり前のようにあってて全然周りが何も言わないからもちろん周りもそういう人ばっかだからそれをすることが当たり前だみたいなあのすごい自然なものだと捉えてるんですけどたぶんそういう人の周りに集まる人ってあのるいは智を呼ぶじゃないですけど同じようなそういう自分勝手な人たちが集まってるぞなぜならもっとそういうふうな感じじゃない人たちはすぐわかっちゃうからその人に触らんとこみたいな感じで距離送るよねそういうわけでそういうクソみたいなことをやってる人は結局て同じように同種の人たちを引き寄せるみたいな引き寄せの法則みたいなのが発動してるんですよね

 

な結局あの作用と反作用の物理的な法則なんだと思うよ結局自分が出した作用が帰って来るって言うそれはもう完全に物理的な作用であって結局自分のやったようなあの公共の空間を独占するみたいな自分勝手な独りよがりのコードっていうのは結局同じような波動を持った人たちを引き寄せるじゃないですけどそれは何かエセ科学みたいに思われるかもしんないんだけど実はそうじゃなくて完全に物理的な法則が作用してるだけなんですよ

 

 

相互扶助と家族という社会的な人工的な幻想

お金を使うことですごくスムーズだったりだから暮らしにするっていうのは一つの方法であってそれが全てではないんですよねむしろお金を使わなくてももっと世の中を良くするような個人レベルですごい豊かな生活ができる手段て多分それ以外にもものすごくたくさんあると思っていてたぶんそういう無限にやる手段が分からないから結局最も分かりやすいお金という手段に頼っちゃってると思うんですよね要するに選択肢がない人が結局お金に頼ってるって言う事だと思うんですよ例えば1万の高校があったとしてその中の一つとしてお金があったとしてそしたらお金を使って解決するっていう方法を取らなくてもそれ以外の1万の選択肢の中から最も効果的な解決方法を選べば良いと思うんですけれどもそれが例えば1万じゃなくて3個ぐらいしか方法がなかったとしたらそしたらお金が最も効果的だよねっていうこういうことだと思うんですよね要するに情報が圧倒的に少ないこと選択肢がすごい少ないっていうことが根本的な問題であってだからお金ですべてを解決するっていうアプローチは実は僕は筋が良くないと思っていてそれならもっと情報収集をたくさんすることで選択肢を拡大することができると思うんですよね

 

うわっそっちの方が筋がいいと思うんですよねつまりたくさん情報を収集することによってたくさんの選択肢を持つことによってお金に消していたやらなくてもいろんな解決をすることができるって言う自分自身になるっていう事の方がいいと思うんですよねなぜならばそれはなくならないからなんですよねお金って多分価値も時代によってすごく変動していると思いますし必ずしもそれが保証されるっていうのは未来永劫あるわけではないですしだけど自分自身のそういう情報の量とか選択肢の多さっていうのは内側にあるものだから決してなくなることはないと思うんですよねだからずっと人生生きてる限りそれを使うことができると思うんですよ

 

 

ルアーシステムを変えるって言うのかが豊かなことにつながる風に思うんですねそれは必ずしもお金で解決です出来るようなことではないと思うんです

 

それで相互扶助についてのシステムも今のあり方よりももっと良いシステムがあると思うんですよねそれはお金で助け合うっていうことじゃなくてもっとシステム自体が最適な方法があると思っていてなんでじゃあ最適なシステムがいいかって言うとそうすると個人レベルでもっと大変な時とかにお互い支え合えるようなスムーズなシステムにすると個人レベルですごく長期的に考えると安心だったり床豊かな生活を持続することができると思うんですよ

 

人間誰しも良い時も悪い時もあっていい時は楽しいこともいっぱいあるし一人で生きて生きられるけれども身体的にも金銭的にも精神的にもいろんな状況が良くない時があると思うんですけどもそういう時にこそお互いに支え合うっていうことがものすごくで大事になってくると思っていてそれはお金で解決するっていうような筋が良くないと思うんでしょうね

 

幻聴じゃあそれがものすごくスムーズに相互扶助ができているかって言うと僕は決してそうじゃないと思っていてもっと最適な方法はあると思うんですよね例えば現状だと家族っていうシステムの上でその家族の中で助け合うとか親戚同士で助け合うみたいなそういう血縁関係とかの上で助けあるみたいな壁があると思うんですよね

 

でも歴史的にそれは社会的に昔その当時必要に迫られて作られた人間が作ったシステムだと思うんですよこれで掃除はものすごくワークしてたと思うんですよね要するにその当時はすごく最適解だったんですよだけど時代が変わると最適化行って変化すると思うでしょ

 

けどその昔の最適解だったやり方をシステムをずっとを引き継いで今もそのシステムの上でやりくりしてるんですがだからそのシステム自体が今の時代にそぐわなくて非効率な方法だったとしたらその土壌の上で成り立ってる世の中はすごく非効率な状況だと思うんですよねだからそのシステム自体を今の時代に最適なものにすることによって個人レベルでものすごくたくさんの人が豊かに入れると思うんですよそれはお金で解決することができないことだと思うんですよね

 

 

だから僕はそういう血縁レベルで壁を作ってお互い助け合うっていうことはもうちょっと効率が良くないなっていうふうに思うんですよねねたぶんそういうので原点回帰じゃないですけど人類のものすごく最初の頃のシステムが最も自然で実は合理的だったんじゃないかなっていうふうに思うんですよ

 

だからインターネットですになると多分そういう人類の原点回帰じゃないですけども大昔の資源がシステムにどんどんどんどん戻っていくんじゃないかなっていうふうに思うんですねなぜならばそれがものすごく自然な状態で実は人間にとって自然な状態は最適な状態なんじゃないかなっていうふうに思うんですよ

 

だからどれが最適からいいかわからないんですけど知らない人同士でもお互い助け合うっていうのがすごく理想的なんじゃないかなっていうふうに思うんですよね友達だからとか知ってる人だからとか信頼関係があるからとかじゃなくて純粋に知らない人とかでも全然助け合うことが自然なわけですよだけどそれはどんどんできなくなって言ったんですよねなぜかと言うと信用に対する問題だと思うんですけれども、

 

 

 

でもちょっと分かんないんですけどそういう歴史的な背景とかを時系列で並べたいって寒かってたからたぶん歴史をたくさん日本だけじゃなくて世界とか尻とかあらゆる歴史を無差別に学びまくることでそういうところも

 

陰湿さとローカルルールとグローバルルールとネット

ちょっと前までは閉鎖的な感じだったんですよねなんで日本って多分すごく特有で陰湿なことをやる文化がずっと多分歴史的に続いてたんですよねそれはものすごくドメスティックっていうか地域性のある文化だと思っていて日本特有のものだと思うんですよ要するにじめじめしたようなことをやるみたいな感じで周りの人には気づかれないように陰湿な嫌がらせをするみたいな文化があったかもなんでかって言うと和をもって尊しとなすじゃないですけども協調性がものすごく大事で語ったようなことをするのは良くないっていう文化だったからだと思うよねだから何か出てるようなカードの断ったよなことをあからさまにダイレクトに借りに行ったとしたらそれは協調性とはちょっと違う感じになってしまうのですごく自分が不利な状況になってしまう可能性があったと思うんですよねだからそういう文化の中で最適な方法を考えたと言うか行き着いた結果が陰湿にやるって言うことだったと思うんですよだけどそれも多分グローバル化していってそういうことをやっても今はスマホがあって SNS で拡散してしまうから陰湿なことをやってもとたんにすぐに周りの人にわかっちゃうような時代になっちゃったんですよねそれはすごく個人レベルでお金をたくさんあるなし関係なく豊かに生きれるようになったんじゃないかなっていうふうに思うんですよなぜならば SNS とかそういう強力なテクノロジーを使うことによって個人は後ろ盾を使い方によっては得ることができるになったからなんですよね例えばセブンイレブンの深夜の営業問題みたいなのが問題化されてあれもう一人のフランチャイズセブンイレブンの大阪のオーナーが問題提起したことで問題が浮き彫りになったと思うんですけれどもあれも SNS で拡散したからメディアも話題の事柄だと思ってニュースで取り上げるようになったんですよねそれであのオーナーさんはもし拡散されなかったらものすごく陰湿な待遇をセブンイレブンの本部から行けるような感じだったんですよね違約金をなんかものすごい金額払わなきゃいけないみたいなそういう通知書みたいなのか実は来ていてでも SNS で拡散してものすごく問題かと言うか評価されたからそういう風には結局ならなかったんですけれどもだけど一昔前は多分そういうことが山のように怒っていて多分少しにかけるような事って氷山の一角だと思うんですよねつまりものすごい数の表には出てこないような陰湿なことが世の中にはびこってたと思うんですよだけど今そういうことは多分できなくなったと言うかこれからの時代もっとそういうことができにくくなるような時代になると思うんですよねなぜならばそういう風に書くさんもされるし証拠とかも残せるんですぐにそういう隠れて何かをやるっていうことはすぐに表立っちゃうわけなんですよ

 

突き詰めるとたぶんそういうローカルなルールっていうのは今後全く通用しなくなるんじゃないかなっていうふうに思うんですよねなぜならネットでそれはちょっとローカルなおかしなルールだよねっていうのがすぐわかっちゃうからね

気についての考察

ここ三日間ぐらいで気を操ることをにすごい興味を持つようになりました

 

 

結論から言うと気配を消すっていうことは相手と対立しないことに役立つんですよねつまりこっちが気を立てるから相手も気をたてるんですよね自分がやったことが同じように帰ってくるわけなんですよねそれは作用と反作用の法則なんですよつまり物理的な法則なんですよね自分がやったっていうことという作用に対して相手が同じような反作用が帰ってくるわけなんですよ

 

そういうそういう抽象的な感覚に最近気付いたんですよね

 

今まで外側のことがものすごく気になってたんですけれどもこっちが反応するっていう作用するとあっちも反作用反作用として反応するっていう子のセットなんだなっていう風に思ったんですよ

 

 

それでそれは卵か先か鶏が先かみたいな話なんですけど多分自分が先だと思うんですよね

 

 

それで自分がまず希望消してって言うことをやると全く波風が立たないっていうことに気付いたんですよ

 

自分自身の気もコントロール出来るって言う事なんですよね

 

これはまさにドラゴンボールの世界でビーデルとか大きくなったご飯がビーデルに空飛ぶ技術とか昨日概念を教える特訓をするところに描写されているんですけれどもまさにそういう感じだと思うんですよ

 

あの感覚が多分全く現実でも同じように作用してるんだなって風に思ったんですよね

 

 

たぶん気づいてる人もいるし気づいてない人も普段の生活の中でそういう気を感覚的に感じたりしている状況って多々あると思うんですよねただそれが嫌っていう概念が理解がないと言うか無自覚なだけで実際にそういう日を捉えてるって言う人はほとんどだと思うんですよ

 

 

例えばこの人はいい感じがするなみたいなそういう直感的な感覚も要するに相手の希望を読み取っていることだと思うんですよね

 

直感的に感覚的に相手がいい気なのか良くない気なのかっていうのを肌感覚で感じることができると思うんですよもちろんそういうことができない人もたくさんいるしそれがものすごく炊けてる人がいるって言うこともあると思うんですよね

 

 

それで具体的にどういう風に気を消したかって言うと僕は目を薄くするようにしたんですよねそしたら周囲の人たちに全く気配がなくなって波風とか衝突が立たなくなったんですよこれはすごい衝撃だって気だったんですよね

 

 

それで今までは僕は割と目が大きいせいか目力があるかわかんないんですけどそれはひとつのエネルギー姿勢はやっぱりエネルギーだと思うんですよまずそれに気付いたんですよね

 

 

レジャー目を大きくするっていうことは例えば通りすがりの人に対してすごく警戒心を与えてしまうからそれはやめようっていくに仮説をたてて実行したらまさにそうで全く通りすがりの人とかと警戒とか対立みたいのがなくなったんですけどね

 

 

そういえば寝てる人がいたとしてその人に対してものすごく対抗心とか警戒心とか対立感覚っていうのは全く生じないと思うんですよこれなんでかなっていうふうに考えたらその人は目をつぶって寝ているからですよね

 

 

目を閉じているっていう状況はそういうわけで相手に対して警戒心とか対立感覚とかそういうものを生じさせないことなんだなっていう風に思ったんですよ

 

アラームを限りなく細めて目を開けてないような状況にするっていうことが実はいいんじゃないかなっていう風に思って実践したらまさに効果覿面だったんですよね

 

それでよくえびす顔の木造とかがあったりするんですけれどもものすごく笑顔なえびす顔でそれを目を見てみると女はものすごく薄く開けてるんですよね

 

ツアーの旅行にいいヒントがあるんじゃないかなっていう風に思ったんですよ笑う門には福来るみたいなこともありますけど要するに笑顔でいるって言う事は目を薄めることにつながるわけなんですよねなぜならば口角を上げると自然に目の大きさも薄くなるんですよね繋がってるんで

 

 

まとりあえず機についての考察というか情報収集も神保町とかで目出しそうな本がそれからねんだったら読みたいなって思いますしいろいろネットとかでも情報収集していきたいなっていう風に思います

 

 

根本は暇だったこと

みんな実は暇なんだなーって思った

 

結局粘着して沸いてくる人とか外側に何かしら気にしている人達って要するに外側を気にするぐらい余裕余地があるって事なんだなっていう風に思いました

 

百人町忙しい人ってたぶん外側のことがあり全く集中と言うか意識と言うか見てないんですよねなぜならば自分のことで精一杯だから

 

TIF に考えると外側に意識がいっているっていう事はイコール自分がやることがあんまないから暇なんですよね暇だから外側のことに見てしまったりとか気になってしまうんですよねそれを裏返すと暇ってことなんですよ

 

 

なんでざっくり考えると暇な人と暇じゃない人に分けられると思うんですよね忙しい人は自分に集中していて暇な人は外側のことに集中してるんですよね

 

 七つの習慣で言い換えると忙しい人は自分の内側インサイドアウト的なアプローチの人達で暇な人っていうのは外側に集中しているから会うアウトサイドイン的なアプローチの人たちなんだと思います

 

LINE サイドアウト的なアプローチの人達の方が魅力的な人達でアウトサイドインの人達っていうのは外側の批判とか悪口とか自分の力ではどうにもならないことをいくらいつまでもエネルギーとか思考を咲いてる人達だって悪いと比較的魅力的ではないんですよね

 

 

それで外側にエネルギーを使ってる人達っていうのはアウトサイドイン的な人達でアウトサイドイン的なアプローチの人たち人とか組織で成功した試しはないっていう風にナースの習慣で書いてあるんですよね

 

 

バリインサイドアウト的なアプローチをしている個人とか組織が永続的な成功とか繁栄をしているって言うのは原理原則なわけでそれは歴史が繰り返し証明しているっていう事なんだと思うんですけれども

 

 

アウトサイドイン的なアプローチの人たちに対してエネルギーを作っていうことは寄せるに自分の外側のことに気になっているって事だから要するに暇な状態であるって事なんですよねだからそれをための唯一の解決方法は自分がものすごく忙しい状態にして自分の内側の事柄に常に集中しているっていう状態を作ることがものすごく大事になってくると思うんですよ

 

アウトサイドイン的な人達って要するに依存的な状態の人たちだと思うんですよねなぜなら外側の人とか物事が良い状態であれば自分は良い状態気持ちいい状態になれるっていう依存状態の人たちだと思うんですよねだけど Inside Out 的なアプローチの人っていうのは自分で満足することができる人たちだと思うんですよ自分のやることに集中していてそこから自分の満足とかを得られるだけなんですね依存しないってことなんすよ

 

多分大人とか経済的に自立しているとはまた関係ない話で多分そういう依存状態の人ってたくさんいると思うんですよね年齢とか年取っていても経済的に豊かな人でもそういう人って結構実はたくさんいるんだなっていう風に思ったんですよね寄せるに年齢とか全く関係ないってことですよね