今年からバスケを始めた。今も1時間半位やってきたけどまあうまくいかなくてイライラする。それは外側についてじゃない。内側。まあどんどんトライアンドエラーでインプットからアウトプットからインプットの高速回転を毎日やる事が義務的に「やらなければならない」という状況下なら僕は自由がないのがまず根本的にイラつくからその時点でその対象はやらない。自発的に自分から進んでやるからなんでも楽しい。だから、上記のサイクルは楽しい事になるんだが、最近1人で練習も色々やっていて、コートもいくつかあるし、公園でバスケのゴールがなくてもいくらでも練習はできる。ハンドリングは自宅でできるし、ドリブルは公園でできるし、シュートで、両足でしっかりと真上にジャンプするのも受け取ってから腰が低い状態でスタートする反復練習もいくらでも自習できる。それらのインプットはYouTubeから無限に得られる。例えば最近、「Mitsuakitv」というYouTubeのバスケチャンネルを結構観ていて、倍速で観てる。そこで気になったことを実施にコートで練習する。あらゆるポイントがあって、それは無限にある範囲できりがなくかつ深いと思うんだが、メンタリストDaiGoさんのYouTubeも最近倍速で観まくってて、質問コーナーで、知識はまず知ってるのと、実践するのと定着、習慣するのがあると。知っててもできない、知ってて実際に試してみる、けど、最終的にはそれを無意識にできるような状況までやるということが大事と思っていて、その為の反復練習なんだと思う。でも大体は1人で自習できるし、YouTubeで練習方法、どうやったら良くなるかも知れる。そもそも難しいからやり甲斐があるんよ。ヌルゲーならやる価値は僕にはない。つまらないから。バスケはやりたてだし、まだ色んな所が至らなくてうまくいかないし、今日もそうだったが、こっちは女子3人とかと僕とあと175cm位の男子、あっては背の高めのチーム、やはり背だけが中々ものを言うスポーツなのである。僕は162cmだが、例えば186cmだったらバスケはヌルゲーだったからつまらなくて多分やってなかった。彼らは比較的高い背でものを言わせてヌルゲーして甘んじてるが、やがて彼らはさらに背の高い人達と対峙して、ヌルゲーで背丈で幅を効かせてたやり方が通用しなくなる。外側の力を借りてくるということはそういうこと。身体的な強さや肩書き、お金、外見、外側の力を借りてくると人は本質的な力がつかなくなる。僕はそこでスプレッドをイージーモードで取れないが、そういう難しい局面の方がうまくいかなくて一時的には悔しさや怒りがこみあげてくるが、むしろ、フルボッコにされるくらいに通用しなくてコテンパンにされ失敗した方がもっとうまくなろうというその悔しさや怒りが向上のモチベーションになるんよ。サイヤ人ってのはあれは人間の例えなんよね。んでしっぽ切るってのは去勢の事ね。僕はヌルゲーでは燃えない。「クライシス」の時機こそ俄然燃えるのである。そう、「ドラクエ2」世代なんだ。ソシャゲ重課金ヌルゲー世代とはまた違う。全ての行動は、「クライシス」の時の為なのである。ちなみに今回のトレンドはクライシスでもなんでもない。