六本木が「日本で一番ヤバい場所」だった時代を知ってるかい?(週刊現代) | 現代ビジネス | 講談社(1/4)
もうずっと六本木周辺でウーバーイーツの配達してて芋洗坂のセブンイレブン待機してたり六本木三丁目のシェアハウス3万円台で住んだりとかしたんだけど、たしか堀江さんが六本木は高齢化してるみたいな話ずっと前にしてたんだけど、外は本当にサラリーマンのおっさんおばさんがものすごく多い。若い人はいるんだけど少ない印象で、芸能人とかは多分車で直接会合の飲食店の前に車とめてって感じでいることはいるんだろうけど、お店にいるって感じなのかな。週末になると結構テンションというか雰囲気いい感じになってきて、ドンキ前のクラブとか並んでたりとか。飯倉の方にそういう熱い場所があったこと、それが明治維新の功労者の方が作ったお店であることと、落合陽一さんの実家が飯倉の辺だということと、明治維新以降の渋沢栄一さんの因果関係というかそこらへんの間接的な繋がりが気になります。麻布十番のマックの横で渋沢栄一の論語とさんばん?読んで、激変の明治維新の不安定な時代に渋沢栄一はハードというホテルや銀行の創設な携わるだけじゃなくて、論語というソフト面でもアプローチをして社会を良くして言ってたのかなと立ち読みして仮説立てた。要は社会をよくするにはお金とインフラとかのハードと道徳じゃないですけど個人の人格主義的なアプローチとその両輪なのかなと感じた。どっちかだけじゃだめなのかもなーって。なんで人格主義的なアプローチを渋沢栄一は多分して、そこの具体的なアプローチが読んでて気になり、多分間接的に彼が模範となることで背中や行動で示したんじゃないかなと僕は勝手に推測して、よく見かける「これだめ!それもダメ!」みたいな子供を操縦するようなマイクロマネジメント的なアプローチではなかったのかなと推測したんだけど、それについてと、このお店の創業者が気になる。なんで今の時代渋沢栄一になったか理由とか正解はないんだろうけど、僕は7つの習慣でいう人格主義に回帰する時代なんじゃないかなと仮説立てた。僕はその分野で100がマックスだとしたら0.4とか、多分1行かない。未熟でその結果他者ともはもれない状況に陥ってるんだろうけど、僕は個人的にはその山を登りたいですね