ウォーレン・バフェットへの手紙〜AJINOMOTOの株買っとけし←ド素人が超上から目線www

 



 

僕がウォーレン・バフェットなら100兆円AJINOMOTOの株にフルベットする。根拠はこれ。


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余暇ならぬ主暇の時代がきますよと。みんな暇なんだなってここ三日間痛感した。そこは割愛して、とりま時間がめっさみんな増えて暇にますますなるんだけど、そするとスポーツがますますやる人がどんどん増えていくと思うんですよねなぜならばお金がかからないし純粋に楽しいし健康とかストレス発散とか病気の予防とかお金かかんないのにメリットしかないからだし純粋に楽しいからそこに時間をかけていくとたぶんアミノバイタルに行き着く人は行き着くと思うんですねそれで今日これを1日4本ぐらい飲んだんですけれども集中力が半端なくてものすごく持続力があがったんですよねこれはやばいなっていう風に思ったんですよ

 

 

それでスポーツってワールドワイドなんですよね日本だけじゃないんですよて考えると多分66人が一応マーケットなのかなと思っていて日本だけじゃないんですね

 

 

それで多分プロを目指すようなアスリートの人とかは当たり前のように多分もうすでに飲んでいるものだと思うんですけども僕は情弱ながら全然今年まで全く取ってなかったんですよね

 

 

だけどウーバーイーツでガリガリやるにはどうしたらいいかって考えた時にアミノ酸はどうなのかなっていうのがきっかけで味の素のアミノバイタルパーフェクトエネルギーゼリータイプのやつを買ってみたらやっぱりものすごく集中力や持続力がすごかったんですよねそれは口コミとかで書かれてるようなものがまさに飲んでみて体感できたんですよ

 

 

だから味の素って料理のお塩みたいなイメージしかなかったんですけどこんなすごい商品作ってたんだみたいな感動したんですよね

 

 

だから皆さんお金がある程度あったら味の素の株一株とかずつ積み立て貯金しといた方がいいんじゃないかと僕は強くお勧めできますだけど僕は貯金が一切ないので一株も買えないです笑笑

ウーバーイーツって運動というかもっと突き詰めると修行だなって思った多分ひたすら自転車こいで没頭してると自分の中のいろんな角が取れて行くんだとそれで結局丸くなってくみたいな状態になるのかなって思っただからそういう意味で修行なのかなって思ったんだけど丸くなっても少し時間がたつと角がまた出てくるんですよねだからそういう意味で定期的に修行的な感じで自転車を没頭して国っていうのが自分を丸くするのにすごい効果的かなっていう風に思いました

 

 

準備について

 

 

昨日めちゃくちゃ一気に寒くなってしかもカラオケの鉄人で1時過ぎに入ってた町のカラオケの鉄人だったんですけど5時に閉店だったねじゃあねで結局1時間か1時間ぐらいがっつり寝れたんですけどやっぱり8時からオンラインやって8時は麻布十番から始めて1時間5件ぐらい取れたんですけどやっぱりすごい眠くてもう全然ダメだわっていう風に思ってたのと途中からめちゃくちゃ雨が降ってきて前日の状態でやってたんでタイツに短パンみたいな格好でさらに帽子とかネックウォーマーとか手袋とか一切なしでやってたらものすごく寒くて眠いっていうのもあったんですけども寒すぎてもう無理だ思って12時ぐらいに切り上げて千川駅で降りて電動自転車で帰ろうとしたらそういえば満州あるわと思ってダブル餃子定食を食べた途端にすごく元気になってそれから千川駅の近くのセブンイレブンから電動自転車ハローサイクリングに借りてそれですときわ台とか近くの3件ぐらい行ってから15時ぐらいに家に帰ってそっから爆睡したんですけどその体験からやっぱり睡眠をちゃんと取ることと準備をちゃんとすることがめちゃくちゃ大事だなっていう風に思ったんでしたねそれで今日は準備をしっかりして家に帰ったから今日も朝から雨降ってたんでとりあえず寒いのだけは絶対にきついからとにかく紀行網と思って何枚も着てったんですよねそれでやっとを貼るホッカイロお腹とか胸あたりに6枚ぐらいつけてあと靴下にも貼るホッカイロを1枚ずつ貼ってさらにそれが剥がれないように靴下をその上からまた来てみたいな感じでやったんですけど結局ホッカイロが滅茶苦茶暖かくて自転車こいでたらすごいあったかい 

 

ダイソーで買った500円の厚めの冬用の手袋がものすごくあったかくて昨日素手でやってたらとてつもなくて先が寒かったんですよねそれで100円の手袋をつけて行ってもいたんですけど雨で濡れて全く効果なかったんで

昨日買った500円のやつは防水ではない防水ではなくて濡れるんだけどすごく濡れてもお腹がものすごくあったかくて結局そういう手袋とかネックウォーマーとか帽子もあったかいのかぶって耳もちゃんと防寒して朝は寒かったからマスクつけてとかもやったし全然寒さは気にならなかったんですよねってやっぱり一番効いたのは腹とか胸周りにホッカイロを貼ったのがかなり効いたかなっていう風に思って行ってやっぱり丹田の周りを温めると身体全体が暖かくなってて先とか足先とかもかなり違ってくるなっていう風に思いました

 

なんでその準備が本当に1日かなり大きく左右するなって言うのに思ったんですよね例えば1時間ぐらい朝準備して行ったんですけれども極端な話その1時間やんないですぐにどっか注文が入って準備しないで行ったとしたら1日中寒くてできなかったと思うんですよだけど1時間もしかしたら2件とか3件とかできたかもしれないけれどもしっかり準備をしたから一日中夜の11時ぐらいまでできたと思うんですよねだからそう考えるとやっぱり準備がめちゃくちゃだい耳になってくれなっていう風に思いました確かにちょっとやるぐらいだったら準備をあんまりしっかりやんなくても全然やり過ごすことができると思うんですよね例えば2時間とか3時間とか近くとかでやるぶんには全然準備しなくても乗り切れると思うんですよだけど例えば長時間とか寒い時にしっかり準備しとかないとやっぱりダメだなっていう風に強く思いました例えば登山する人がいて準備って絶対大事だと思うんですよねどんなプロの登山家でも準備を全くしてなかったら山登れないと思うんですよ例えばプロの登山家がいたとして彼に全く準備をしないで冬の雪山登ってくださいってなったら絶対 Pro でも登れないと思うんですよやっぱり冬の雪山に登るたまには登山靴とかどうかのウェアとかを万端にしてから登ると思うんですよねそれって準備だと思うんですよだからすごくハード2になればなるほど事前の準備がものすごく大事になってくるんだなっていう風に強く共感しましたそれは昨日全く準備寒さ対策しないで行ってからそこで大失敗してすごく痛感してから今日しっかり準備万端にしてから臨んだっていう二日間があって体験ベースで理解したことなんですよねだから自転車の配達は修行みたいなものでそれで一日中時間とか自転車漕いで良い運動にもなってるしいいこととか悪いこととかいろんなインプットがあると思うんですよねそこで自分の状態とかもう認識したりとか色々学んだりじゃないんですけどな感じることがたくさんあると思うんですよだからそういう意味では確かにお金はそんなに稼げないかもしんないけれども第二領域に投資的に活動しながらちょっとの小遣い稼ぎみたいなのもできるしそういう意味ではやっぱりすごいありがたいなっていう風に強く思います

 

それやっぱり挨拶が凄い大事だなと思っていて挨拶が自分の状態をものすごく左右しているんだなっていう風に思ったんですよね要するに自分の状態が良くない時って挨拶がちゃんとできない時だと思うんですよすごいいい自分の状態が良い時はしっかりとした挨拶が出来るんですよねだから常に良い挨拶ができている人ってたぶん精神状態みたいなのものものも同じように良好なのかなっていうふうに思うんですよだから昔のお坊さんとかはそれが相手の状態を把握する一つの手段だったみたいなのも聞いたことあるんですけどまさしくそうなのかなっていう風に思いましたそれでなんで良い挨拶をしたほうがいいかって言うとやっぱり全く見たことない初対面の相手に対して良い挨拶をされたら店員さんもやっぱりいい気持ちになると思うんですよねでも良くない挨拶とか微妙な挨拶とか全く挨拶しないみたいなそういうのは相手に対して不快だったり失礼だったりすると思うんですけどそしたらそういう人に対しては良い対応を多分してくれないと思うんですよねだけど気持ちの良い挨拶をしてくれたらそこでスムーズな取引ができると思うんですよそしたら良い挨拶をした方が配達をスムーズに行う上で自分にとってもすごくいいし相手にとっても嬉しい気持ちになるんだったらお互いいいわけじゃないですかだからそういう意味で挨拶は大事だなっていうふうに思います

カラ鉄泊で人類は皆ノマドに原点回帰する。あまりにとネイチャーな話で

 


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カラ鉄泊だと月12000円でカラオケもできてエアコンつけ放題で何時間いてもよくてNURO光よりも速いWi-Fiも使えて充電器無料レンタルサービスもあってドリンクもついてくる。

しかも都心はカラオケの鉄人は2km範囲位に点在している。だから割とすぐ近くにどこにいてもある。山手線の内側ね。外側は知らんけど。要は月額のアドレスみたいなのの都心バージョンみたいなもんよ。

ポイントは光熱費ネット代込みで11700円ということで、上にそれ以上でないという点。昨年の冬エアコンガンガン寒くて使ってて電気代だけで2万とかかかったんですけど、それ考えると破格よ。

ただし見栄体裁とかみんなと一緒じゃないと自分のアイデンティティー保てない人は向いてないのがデメリット。そこもメジャーになればもっとカジュアルになるおもうんだけどね。

カラオケの鉄人泊というニュースタイルを僕が提案するたった1つの「理由」

※こちらの文章はGoogleの音声入力で一筆書きで書いてますので誤字脱字ご了承下さいm(__)m

 

 

 

 

ウーバーイーツとカラオケの鉄人の月額のやつかなり相性いいなと思います

 

を言うのかと言うと月額1600円ぐらいで一日一回無料でカラオケの鉄人使えるんですよねワンドリンクは最安390円から頼まないといけないんですけど

 

 

何でいいかって言うとウーバーイーツが終わった時点でそこから最も近いカラオケの鉄人Google で検索してそこに行けばいいんですよねだから家が郊外にあったらそこまで帰らなくていいんですよ

 

 

メリットはまず安いことですね390円で泊まれるんですよ飲み放題だと780円ぐらいで飲めるらしいですソフトドリンク後は充電器の無料貸し出しなんかもやっているらしいですね

 

 

田町の店は例えば今日は白金高輪で終わったので検索したら1.5 km ぐらいのところに田町のカラオケの鉄人があったからそこに来たんですけれども近くのドコモの自転車ポートに止めてから100 M ぐらいのところにカラオケの鉄人があったのですぐ入れましただけどもし志村三丁目の家まで帰ったら多分あと3時間ぐらいかかったと思うんですよね

 

 

なんでかって言うと江戸川橋に自転車置いてたのでまず白金高輪から江戸川橋まで電動自転車で行ってから乗り換えてから江戸川橋から板橋区上板橋とか志村三丁目まで帰らなきゃいけなかったんですよね

 

 

だから実質的に髭が1.4 km 先に帰ったような感じでしかも390円しか買ってないんですよ六本木に住んでる人がいたとして三鷹とかで飲み会があって飲み会が終わったらそれでも六本木まで帰らなきゃいけないんですよねそれとったら三鷹で飲んだなら三鷹の飲んだところのすぐ隣とかのホテルに泊まればすぐ寝れるじゃないですか多分それと要領は同じ感じだと思うんですよね

 

 

マリー通勤の時間を最も短縮させた方が近くのホテルでそれの下位互換がカラオケの鉄人はくなのかなっていうふうに思うんですよねしかも wi-fi がすごく早いんですよ家の wi-fi が入力あり聞いてるんですけど大体140から150ぐらいなんですよね

 

 

それでめちゃくちゃサクサクで全く支障がないぐらい快適な速度なんですけれどもカラオケの鉄人田町店の wi-fi を計測したら180出てたんですよだからめちゃくちゃ早いんですよね結局何が大事かって言うと wi-fi だと思うんですよぶっちゃけ夜泊まるだけならすぐに疲れてたら寝るから wi-fi もあんまり関係ないのかもしんないんですけれどもそれとエアコンがつけ放題なんですよねだから390円でワンドリンクアイスコーヒーとかアイスココアとかミルクとかジンジャエールとか結構あるんですけれどもそれを注文してさらにエアコンもかけ放題で wi-fi も高速なのが入っててカラオケが好きな人はカラオケもガンガン歌えってって言うので込みで390円で一晩真冬の夜を越すことができるんですよこれはめちゃくちゃコスパになっていう風に思ったんですよね

 

 

なんでみんなやってないかって言うと多分みんながやってないからだと思うんですよね

 

 

つまりマイノリティだからそれをやると何お前やってるんだみたいな後ろ指をさされるのが怖いからみんなやらないっていうだけなんですよ

 

 

だけど例えば全人口の日本人の80%ぐらいがみんなカラオケの鉄人で夜を明かしてたとしたらそれが大多数になるんでみんな何の迷いもなくやる選択肢も考えると思うんですよ要はそこだけなんですよね

 

 

 

だからみんなはみんながやってるかやってないかっていうところがすごい重要だと思っていてみんながやってることをやるみたいなそういうことで自分のアイデンティティを保ってるような人たちだと思うんですよ結構大多数の人ってだけどそれを考えなければ割とすごい快適なんじゃないかなっていう風に思ったんですよね

 

 

もちろんカラオケの鉄人でオールしました一人でオールしました何ていう人すごくみんなになんだそれみたいな感じで笑われる対象になってしまう可能性は十分高いんですけれども例えば会社勤めの人とかならそういうのを気にすると思うんですよね

 

 

なぜならば閉鎖的な会社の環境でそういう自分が笑われる対象になることはすごく恥ずかしいことだったりとか立場が良くなくなる可能性があるからだと思うんですけれども僕はそういう閉鎖的な流動性が高くない環境にいるわけではないので割と全然平気なんですよ

 

 

 

でも昔はそういうことをすごく気にしてたと思うんですよね正社員でそういう同じ職場にずっといるみたいな環境だったら自分が笑われるみたいなことはすごい嫌なことだったと思うんですよ

 

 

だからなんで気にならなくなったかっていうと多分そういう既得権益みたいな正社員であることを止めたからだと思うんですよそうすることによって自分の流動性が高まったことによって何言われても全然気にしないような状況になったのかなっていうふうに思うんですよね

 

 

 

もちろんそういう既得権益にすがりつくっていうようなことを辞めたことによって待遇的にも経済的な豊かさ的にも前よりもはるかに良くなくなったかもしんないんですけども全然それでいいと思うしそっちのレイヤーでなんとかハックしてってブラッシュアップさせていきたいなっていうふうに思うんですよ

 

 

多分そういう既得権益にすがりついてるような状態で甘んじていたならば変化することも全く必要もないわけだからずっとそういうぬるま湯に浸かったまま時間を過ごしてしまって全く成長しないままただただなんとなく生きてるような状況に陥っていたかもしれないんですよねもちろんそういう状況っていうのはとても緩いわけだから安定してるようにも思えるかもしれないし美味しいものも食べたりとか楽しい時間を結構過ごせるから割といいなっていうふうに思うから帰って変化する必要ないなって思うわけだし向上する必要もないなとか成長する必要もないなっていう風に思っちゃったりすると思うんですよ。

 

かなり話は脱線してしまったんですけれどもすごくカラオケの鉄人はいいなっていう風に思ったんですよねあとこれをやったらなんか YouTube の動画を撮影したりとか wi-fi が結構整ってるんでそういうツイキャスやったりみたいなそういうのもできる環境にもあるのかなっていうふうに思うんですよ

 

だから結構状況に応じて使い分けるっていうのがいいのかなっていう風に思ったんですよねあらかじめ計画して計画通りにやるとかじゃなくて本当にその瞬間瞬間で臨機応変じゃないですけれどもものすごく困るを聞かして変えていくその状況に応じて最適な選択をするみたいな感じで僕はすごくしっくりくるなっていう風に思ったんですよね

 

 

 

なんでかって言うとケーキ買おうかなっていう風に思ったんですけれどもケーキを買うっていうことは同じ選択をずっとするっていう流動性が高くない状況になってしまうなっていう風に思ったんですよね

 

 

つまり例えば三田線の定期を買ったとしたら都心に志村三丁目駅から芝公園とか水道橋駅とかそういう経路しか選択肢になくなっちゃうなっていう風に思ったんですよだけど終わる所って日によって全然違うんですね例えば中野区で終わる場合もあるし都立大学で終わる場合もあるし門前中町で終わる場合もあるわけなんですよそしたらその時々によって全然違うわけだから三田線の定期持ってても逆に帰ってそれを使って安く帰ろうみたいな縛りはできちゃうわけだから自分の選択の自由度は狭まってしまうんじゃないかなという風に思ったんですよね

 

 

 

だから結局ケーキっていうのも結局醤油ベースなんだなっていう風に思ったんですよ定期を持つことによって確かに安く上がることもあるかもしれないんだけれどもそれを使って何とか安く往復行き来しようみたいな発想になってしまうんですよね

 

 

 

無理やりでもそれって多分資格を持っていてその資格を使って何とかビジネスをやろうみたいなそういう発想と同じだと思うんですよね例えば会計士の資格を持っていたとして会計士の資格を持って何か仕事をやろうとか生計を立てようみたいな発想になると思うんですけれどもそれは違うと思うんですよ

 

 

 

それで例えば大山とか池袋に最後の配達終わっていたとしたらそのままロードバイクに乗って倒したらそのまま板橋区に帰ればいいんですよね近いからだけど例えば蒲田とかにいたら無理に計画通りに今日は家に帰って寝るとか計画立てたとしてもものすごく遠いし電車がなかったらその計画通りにやることはすごく効率的じゃないと言うか合理的じゃないと言うかしんどいんですよね

 

 

 

まあ4時間ぐらいかけて自転車でなんとか帰ったとしても次の日全然疲れて配達どころじゃないしねたいし休みたいしみたいな感じで翌日の配達に影響があると思うんですよそしたらその時々に応じて考えた方が絶対いいんですよね

 

 

それでその日の最後の配達がどうなるかっていうのは全く分からないんですよなぜならばどこにおろすかとかも決まってないわけだし降ろした時の自分の体調とかテンションとかも使え疲れ具合とかも全く違うわけなんですよ

 

 

そしたら例えば疲れてなかったらじゃあそのまま家に帰ってお風呂に入ってゆっくり布団で枕でおっていうふうに思うかもしれないしものすごく疲れていたらもうじゃあ近くのカラオケの鉄人に泊まろうみたいな話になると思うんですよね

 

 

 

それでカラオケの鉄人に少し周りがうるさかったとしてもものすごく疲れてって例えばすごく睡眠不足であったならばそこ寝れちゃうんですよねだから体調とかによっても全然違ってくるんですよ

 

 

それで体調とかどこに配達して終わるかっていうのはあらかじめ分かんないんですよねその日の朝になってからじゃあ1日の最後はこういう体調でこういうところに配達するわっていうふうに確実に予測できないんですよその時になってみないと分からないことなんですよね

 

 

 

そしたら計画っていうのは全く必要ないんですよなぜならば的外れだからなんですよねつまり未来が予測できないからなんですよ上に書いてるようにそういうわけで計画する事っていうのは全くもって意味のないことで無駄なことなんだなっていうふうに思うんですよね少なくとも僕はそういう風に思っていてだから常にその時々で考えるっていう選択の繰り返しが僕にとっての最適化なのかなっていうふうにそれは配達をしながら体験ベースで堀江貴文さんが言っていたことをすり合わせることで強く理解できたことなんですよね

 

 

 

だからそういう意味でウーバーイーツの自転車の配達っていうのはひとつの修行みたいな感じなのかなっていうふうにも思うんですよ

 

 

小遣い稼ぎをしながら運動をすることによって自分が足腰に130歳生きるって考えた時に超長期的に投資にもなっているし予防医療の観点からも毎日運動をすることによってあらゆる病気を予防することにもなってると思うんですよねそれはみんな定量化できないからものすごく軽視していることなんですけれどもそれは重要なことなんですよね

 

 

七つの習慣で言う第二領域の活動なんですよそこはみんなものすごくおろそかにしている分野なんですよなぜならばそれをやることによって短期的な利益とかすぐにお金に変換されるような行動ではないからつまり緊急性がなくて重要なことだからみんな後回しにしてしまってるんですね

 

 

 

だけど僕はその台に料金も活動っていうのはすごく重要だと思っていて一日中それで見させたらいいなっていう風に純粋にずっと思ってたんですよね実際に今振り返ってみると確かにウーバーイーツの配達っていうのはそこまで効率の良い働き方ではないかもしれないんですけれども第二領域の活動で1日を満たせるっていう自分にとってワクワクすることをずっとできてるっていう事は言えると思うんですよ 

 

 

だからその点に関しては僕はすごく満足していて確かに交通事故の問題が最も僕は2つのサービスに関しては大問題な事柄だと思うんですけれどもでもその点についてすごく満足してるんですよね

 

それでお金を稼ぐためにものすごくストレスを溜めて健康をすり減らすことでその見返りとしてものすごくたくさんのお金を得られたとしても僕はそういうのよりも自分の健康の方がはるかに大事だと思ってるんですよね

 

 

もちろん今すごく結構な状態なんですけれどもいつどうなるかも全くわからないですけれどもでもお金に健康は代えられないとは思うよね

 

 

 

それで運動を定期的にするっていうことは自分のお金よりも価値がある実は価値がある健康に対してすごく投資的な最新再生リフレッシュ的なアプローチをしているっていう事なんですよ

 

 

 それで多くの人はそういう余裕がなくてひたすらお金を稼いだ結果お金はたくさん得られたかもしれないんだけれども健康をないがしろにした結果健康じゃなくなってしまってって言う二者択一じゃないんですけれどもお金はたくさんあるんだけれどもそんなに健康じゃないっていう人も中には居ると思うんですよねだけど僕は少なくともそういうふうにはなりたくないっていうふうに思うんですよ

 

 

そこまでしてお金は稼がなくても良くて必要最低限あればいいなっていうふうに思っててでも130歳まで健康的に行きたいとは本当に思っているんですよね

 

 

だからそういうビジョンがあってそれが一つの目的みたいな感じで体のを考えると毎日自転車をこぐっていうことは確かに短期的に考えたらものすごく後ろ指をさされたいとかバイトだの安月給だの薄給だのブラックだのっていうふうにものすごくみんなに笑われたりとかする局面もあるかもしれないんですけども僕は130年スパンで見てるんですよね

 

 

 

その長期スパンで見た時にものすごく効いてると思うんですよだけど今はすごい甘い汁は吸えるわけではないんですよねだけど100年後とかになって時に多分そういう自転車を前にこういうことによって足腰を鍛えたりとか病気を未然に防ぐことによって長生きできたりとかぶっちゃけそれをやっても大して変わんないこともあるかもしれないんですけれども僕は聞いてるかなっていうふうに思うんですなんでかって言うとやっぱりずっとやってきた人は老後になってもすごくピンピンと歩いてる人がいるのを見てきたからなんですよね

 

 

疲れたからおしまい

 

Amazonの「置き配」は最適解。再配達問題の解消とますます高まる配達のニーズに効果的な方法

 

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191117-00020576-mimollet-ent

 

せどりで約四年位川越でやって少なくとも5000から8000件は荷物受け取りましたが、全て玄関の前に置いておいてもらってました。盗まれた事は一度もありません。再配達なし、毎回の「チャイムを鳴らす、奥から出てくる、挨拶、サインする、手渡し、余計な気遣い」の行程、全部カットできました。ざっくり8000件、もし全部手渡しという今までの単なる名残でやってたら四年間で一回数分とかであっても合計だとものすごく時間とエネルギーの僕にとっても配達員さんにとっても節約になりましたし、再配達もゼロ。

2年くらい前に堀江さんのメルマガで受け取りマッチングシステムあって、とあるサロンでやりましょうってなって少しやって結局頓挫したんだけど、再配達問題が結構深刻で、個人的には玄関前に置いておいて下さいでこの問題は解決してるんだけどねとは思ってたけど、コンビニとかスーパーの受け取りボックスよりこれが多分最適解と思うんですよね。

それでNewsPicksとかでもこういうニュースになると決まっていつも「盗難がー」とか一回もポジションとってないのに盗難厨が湧いてくるんですが、それで確信したのは、「一回もポジション取ってないのに言うのは無価値というか無駄」と思ったんですよね。全く的外れな感じなんで。

だから後は浸透するにはどうするかで、マジックワード的なのはどうかなって思ったんですよね。

例えばクールビズって小池百合子さんが言っただけでみんな夏場涼しい服装になった。それは言っただけでパラダイムシフトするコストはほとんどかけてないみたいな話。

同じように置き配=クールみたいなパラダイムが浸透するにはどうしたらいいかで、マジックワードとかどうですかね。


これはウーバーイーツにも言えることで、配達員がピックアップもお客さんへの受け渡しも本来は自動化可能なんですよね。ほとんどのケースが。

それでそういうと決まってつまみぐいがーとか間違えてもっていったとかそういう批判あると思います。

けどそれで2年以上やってるお店あります。例えばクリスプサラダワークスは棚があって注文番号がかかれた商品入った紙袋を配達員が勝手に番号を確認して、持っていきます。

もしそこで番号間違えが深刻に続いてたら2年以上もやってないはずです。また人間なんで店員さんも同じように番号ミスあります。

それを採用することによって、配達員もスムーズに配達をスタートできますし、店員さんもピークタイムに店舗に来てるお客さんにより集中できます。


現状ピークタイムは、お店にきてるお客さんが多すぎて人員が少ないと配達員との番号確認が手が回らなくて後回しになって、結果的に配達が遅れるケースが結構あります。

それ採用したらより速くお客さんに商品届きます。自転車やバイクをスピード上げて事故のリスクを上げて速く届けるのは僕は筋が良くないと感じていて、なぜなら死ぬリスク高めてまでやるようなお小遣いではないと思うからです。でもシステム変えたら余裕が生まれて安全な運転にも繋がるかもです。

 

受け渡しに関しても自動化で本来はいいはずです。ニュースで海外でつまみぐいがーとかありましたが、多分日本でそんなことしてる人いないです。

あと大体玄関で部屋番号押してドア開けてもらう所がほとんどで、そういう場合、開けてもらった時点でお客さんはいます。あとはマンションが間違ってない限り、置いておいてピンポンならしておけばいいんだと思います。

なぜならマンションの玄関からお客さんの部屋の前までに置いておいて、数分で誰かが盗むなんてことないです。

なんでこういうふうに思ったかというと受け取りも受け渡しも正直めんどくさいし、お互い不快になる可能性があるからなんですよね。芸能人とか有名な人とか女性も使ってるし、そのほうがセキュリティやプライバシー的にベターと思うんですよね。

ラーメン屋さんの一覧は仕切りで物理的にお客さんが店員の顔を壁があるから見えないので店員さんへのクレームって少ないらしいんですよ。それと同じで面と向かった場合多かれ少なかれ必ず不快な機会や失礼やクレームになる可能性あるんですよね。でも置いておけばそういうケースはかなり減ると思います。

手渡しが最高のサービスって論もあるかもですが、おっさんにトイレ行ったらおしりふいてもらいたいかっていうとやっぱりウォシュレットの方が断然良くて、それと全く同じと思うんですよ。

挙動不審の小汚い僕みたいなのが渡して不快になられるより、置き配で自動化した方がお互いwin-winなんですよね。しかしながら導入コストはゼロなんですよ。

バスケ2時間してのアウトプット

 

※こちらの文章はGoogleの音声入力で一筆書きで書いてますので誤字脱字ご了承下さいm(__)m

 

 

 

家の近くの中学校でバスケットを2時間やってきました今日は練習がメインでど素人の僕はそういう戦術的な置き方とかやり方とか全く分かんなかったのでとても大変でしたそれでそういう動き方とか全然わかんなくてポジティブじゃない感情とかが一時的にはあったんですけれどもでもそっちの方がいいなって思いましたなぜならばポジティブじゃない感情が生まれているって言うことはうまくいってないっていうことでそこはうまくなる余地があるって言うことだと思うんですよねだからポジティブじゃない感情って一時的にはすごい気持ちがいいわけではないんだけれどもそっちの方が直す余地があるって言うことなんでいいのかなっていう風に思いましたそれで素人で始めたての頃って全然うまくいかないからそういうポジティブじゃない感情がたくさんあると思うんですけれども僕はそれがたくさんあった方がたくさんうんそこを直す余地があるって言うことだと思うのでいいなっていう風に思います

 

それで経験者の人がドリブルの仕方とかシュートの仕方とか教えていただいてすごく分かりやすかったのでおかげさまでなんとなく情報は入りましただけど実際にそれをやってみようってなると全然実際できてないっていう風に言われて例えば手首を返すスナップをかけてシュートを打つような感じで上に突き出すような感じでかつスナップをかけるみたいな手首を返すみたいなことを言われました実際にやってみるんですけど僕の場合は手を後ろに引いちゃっているらしいんですよねだからもっと後ろに引かないで前に突き出すような感じで手を出して勝つスナップを手首を返すような感じでかけるという風に教えていただきました

 

あとドリブルの仕方も上から下にというよりは斜めから着くような感じで弾くような感じでやるみたいなことを言われたのとドリブルをするときは腰を低くするっていうことを教えていただきました

 

それで実際に全てわかんないことだらけなんで全部素直にはいはい言って情報をとにかくインプットをするしかないなと思っていてそこで効果的な宇奈月とかがなかったらそこで止まってしまうのでそのぶん入ってくれるをもう少なくなってしまうので

 

後外側からボールを回していくような練習をして結構何回もやってて僕はそういう練習みたいなのがあんまり好きじゃなくてゲームばっかやってたいっていう風に思ってたんですけども実際に最後ゲームをやった時に同じようなケースがあって実験的にそういう風に使うんだなっていう風に思いましただから練習のためにやってるとかじゃなくて本当に実践で使えるからやってるのかなっていう風に思いました

 

なんでそういう形みたいなたくさん戦術的な引き出しをたくさん知っていた方が絶対にいいと思うのですごくためになったなっていう風に思いました

 

それで具体的にやりたいのは完璧なサポートを攻撃も守備もやれるようになりたいって思ったんですよねそのためには体力が無限にあった方が絶対良くてそれをたくさん繰り返していくとどこで手を抜いたらいいかみたいなのも状況で理解できると思うしこの辺は沢山打席に立った方が勘所が分かってくると思うんですよね実際にフットサルもそういう感じでたくさんゲームを繰り返してきたからここは危険だなとかここは大丈夫だなみたいな急にわかってきたと思うんですよそれで仲間の人がドリブルとか仕掛けて行った時に自分が完璧なサポートができていれば絶対に何かあった時に僕のところに預けられるって言うひとつの選択肢が常にあったら攻撃する人がより攻撃力を最大限に発揮できると思うんですよねなぜならば

 

 

それで実際はシュートを打った人の手柄になるわけででもそれがすごい自分にとってはワクワクするんですよねフットサルでも自分が得点を決めるというよりは他の人が得点をすることで良い雰囲気になったりとか本人が喜んでいたりとかそっちの方が僕は楽しいかったんですよだからバスケットでもフットサルと同じようにそういうスタイルでボールを円滑に循環させたりとかサポートしたりするの飛ばして行きたいなっていう風に強く思います

 

 

 

 

 

 

 

  本田直之さんが普段からたくさんインプットアウトプットしてないと人と会ってても楽しくないみたいなことを Twitterbot が入ってて確かに悪いと昔に比べたらインプットアウトプットをするようになってきていて前と比べて人とお酒を飲んだりして話してた時よりも遥かに人の話を聞くのがものすごく楽しくなったなぜならばいろんな話を知ることができるしその前提となる情報とか知識もある程度あるから

六本木と明治維新と渋沢栄一と人格主義


六本木が「日本で一番ヤバい場所」だった時代を知ってるかい?(週刊現代) | 現代ビジネス | 講談社(1/4)

 

もうずっと六本木周辺でウーバーイーツの配達してて芋洗坂セブンイレブン待機してたり六本木三丁目のシェアハウス3万円台で住んだりとかしたんだけど、たしか堀江さんが六本木は高齢化してるみたいな話ずっと前にしてたんだけど、外は本当にサラリーマンのおっさんおばさんがものすごく多い。若い人はいるんだけど少ない印象で、芸能人とかは多分車で直接会合の飲食店の前に車とめてって感じでいることはいるんだろうけど、お店にいるって感じなのかな。週末になると結構テンションというか雰囲気いい感じになってきて、ドンキ前のクラブとか並んでたりとか。飯倉の方にそういう熱い場所があったこと、それが明治維新の功労者の方が作ったお店であることと、落合陽一さんの実家が飯倉の辺だということと、明治維新以降の渋沢栄一さんの因果関係というかそこらへんの間接的な繋がりが気になります。麻布十番のマックの横で渋沢栄一論語とさんばん?読んで、激変の明治維新の不安定な時代に渋沢栄一はハードというホテルや銀行の創設な携わるだけじゃなくて、論語というソフト面でもアプローチをして社会を良くして言ってたのかなと立ち読みして仮説立てた。要は社会をよくするにはお金とインフラとかのハードと道徳じゃないですけど個人の人格主義的なアプローチとその両輪なのかなと感じた。どっちかだけじゃだめなのかもなーって。なんで人格主義的なアプローチを渋沢栄一は多分して、そこの具体的なアプローチが読んでて気になり、多分間接的に彼が模範となることで背中や行動で示したんじゃないかなと僕は勝手に推測して、よく見かける「これだめ!それもダメ!」みたいな子供を操縦するようなマイクロマネジメント的なアプローチではなかったのかなと推測したんだけど、それについてと、このお店の創業者が気になる。なんで今の時代渋沢栄一になったか理由とか正解はないんだろうけど、僕は7つの習慣でいう人格主義に回帰する時代なんじゃないかなと仮説立てた。僕はその分野で100がマックスだとしたら0.4とか、多分1行かない。未熟でその結果他者ともはもれない状況に陥ってるんだろうけど、僕は個人的にはその山を登りたいですね

バスケの素人の僕がなぜ初動負荷トレーニング必要と再確認したのか

※こちらの文章はGoogleの音声入力で一筆書きで書いてますので誤字脱字ご了承下さいm(__)m

 

 

 

 

昨日個人参加のバスケに家の近くの中学校で2時間200円とかで参加しましたなんで体力がたくさんあった方がいいかっていう思ったのはすぐにディフェンスに戻れるっていう体力があるって言う事は数的に有利な状況を作ることができると思うんですよねなぜならば体力がなくてディフェンスに戻れないっていう状況になってしまうと数的に不利になってしまうからそれだけフリーの状態でシュートが打てる機会が相手チームが増えてしまうから得点力が上がってしまうと思うんですよだけど体力がもし初動負荷トレーニングをすることによって2倍にも3倍にもなるということはそれだけディフェンスに早く戻れるということにつながるわけだから数的に有利な状況で守備ができると思うんですよねそれで Zone defense っていうのをやって左前ら辺をずっとやってたんですけれどもそうすると早く僕は割と戻れたんですけれどもそれでもそれを何回何十回って繰り返しているとものすごく体力が必要だなっていう風に思ったんですよね特に全力でも取らなきゃいけない状況があってそうしないとカウンターですぐに来られてしまうからなんですけれどもそうするとすぐに戻らなきゃいけなくなるとダッシュで戻らなきゃいけなくなるとすごく体力がより必要になってくるんですよねそれを何十回とかと繰り返していくとやはり体力があるに越したことがないなっていう風にディフェンスに関しては思うんですよねそれで攻撃が終わった後にダッシュで戻って自分のポジションのところで手を上げることによってディフェンスをすることによって自分のゾーンの辺りに関するボールが来ることを防げると思うんですよ要するに自分が手を上げてディフェンスをすることによって自分の当たりのボールが来ることの選択肢を防ぐことができるんですよねフットサルもそうなんですけれども選択肢がたくさんあった方が選手は余裕を持ってプレーができることに繋がると思うんですよ例えば四つの選択肢があった方が一つの選択肢よりもボールを持っている選手はかなり余裕を持ってプレーができると思うんですよねなんでかって言うといざとなった時によっつの選択肢を選ぶことができてそっちにパスを出して難しい局面になった時に逃れることができるからだと思うんですよだけど僕がもしすぐにディフェンスに戻ることができて手を上げて自分の像のところをのボールを来ないような状況にするっていうことは相手チームの得点力の減らすことにつながるのかなっていう風に思ったんですよなんでかって言うと選択肢が減るからなんですよね全てがそういうふうにうまくいくとは思わないんですけどもずっとゲームをやっててそれを繰り返すことができる能力がもしあったとしたら200回400回っていう機会があったとしたらそのうちで効果的なケースってたくさんあると思うしその精度も上げていけば上げていくほどより効果的な守備がどんどんどんどん精度が上がってってできるんじゃないかなっていう風に思ったんですよね

 

バスケやってのフィードバック

※こちらの文章はGoogleの音声入力で一筆書きで書いてますので誤字脱字ご了承下さいm(__)m

 

 

 

板橋区でバスケ行ってきましたやっぱり新車だから全然歯が立たないけど上を目指してくだけっていう感じで実に上手くなっていくためにはどうしたらいいか考えたいと思います結局以下にスペースを作ってフリーの状態でシュートを打つにはどうしたらいいかっていうのをいろいろ考えたり戦略的にやるのかなって風に思いましたそれで多分そういう知識とか情報をみたいなのが戦術みたいなのがたくさんあればあるほどいろんな引き出しを使うことができるのでスペースをたくさん作ると言うかフリーの状態でシュートを打てるのでシュートをフリーで打てる機会がたくさんあればあるほどシュートがたくさん比例して入るわけでもちろん個人のシュートの精度の高さとかはあるんだろうけれどもチームとしてフリーの状態で選手がシュートを打つにはどうしたらいいかっていうのを組織的にやるのがバスケなのかなっていうふうに今日参加することで考えましたなんでその引き出しがたくさんあればあるほど簡単な得点を出来るのかなっていうふうに思います逆にその引き出しが少ないほど無理な状態でシュートを打たざるを得なくなってしまうので結果的にシュートの確率も下がってしまうので得点も少なくなってしまうのかなっていう風に思いましたなんでそういうフリーの状態でシュートを打つための情報を収集じゃないですけれどもそういう引き出しはたくさんあればあるに越したことはないのかなっていう風に思いましたただ知ってるだけで技術が伴わなければ修斗は入らないと思うので知識とか情報をだけではもちろんダメなんだと思うんですけれども知ってるに越したことはないのかなっていう風に思いました要するに YouTube とかいろんなサイトとかを見て興味があればたくさん情報を収集して行ってすぐにそれが使えるわけではないとは思うんですけれども少し時間が経ってタイムラグがあってからそういえばこのケースはこうだったなみたいな漢字に繋がる時があるかもしれないので

何か言ってくる人に対してはそれはもうしょうがないと言うか素人なので素直に受け入れるかスルーするっていう感じにすればいいのかなっていう風に思いましたあとやっぱりにバンドに関しては背が高い人がいた方が絶対に有利だなっていう風に思いましたあっちのチームはそういうリバウンド絶対取れるような確実的な人がいたのでものすごい確率でリバウンドを取っていたんですけれどもでもそれができないっていうことは逆に他のところを伸ばすためのポイントなのかなっていうふうに思います逆にそればかり話していれば簡単に通用してあるのででもレベルがそんな高くない状況で手を使うことで簡単に通用してしまうっていうことは他のポイントを伸ばす機会を失ってしまうっていうこともあるのかなっていうふうに思うんですよねなんでかって言っと満足してしまうからだから買ったりする事って多分一時的には気持ちよくて満足することだと思うんですけれど実は成長にとっては必ずしもいいとは限らないと思うんですよねなぜならばそこで満足してしまいがちでもっとを変えようっていう気にならないからだと思うんですよ多分うまくいってる時って変えようっていう気になかなかならないと思うんですよね少なくとも僕はそういう感じだと個人的には自分にはそう思っていて圧倒的に負けたりとかうまくいかない状況の方がもっと悔しいからよくしていこうみたいな強い動悸になると思うんですよね何で相手チームにものすごく圧倒的に背が高い人がいてリバウンドがたくさん取られて塩がたくさん入ってしまっていても結果的にそれで負けてしまっても逆に別にいいんですよねその方が負けたことによってもっと良くしてこっていうふうに思うから

で具体的に何をすればいいかなって思ったのはシュートはとりあえず害虫しようと思ったんですよ要するにたくさん辺が入りやすそうな人にとにかく沢山ボールを供給するために間接的に自分がフットサルで言うオフザボールボールを持ってない時にいかにボールを循環させていくかフォローアップすることでボールを持っている人が最大限のプレイをするためにはどういうポジショニングでフォローをすればいいかっていうのを考えながらやるっていうのがすごく大事なのかなっていうふうに思いますそのためには多分運動量をとにかくあげるっていうのが大事ななっていう風に思ったんですよねなぜならば体力があるに越したことなくてあればあるほど攻撃も守りも効果的なプレイができると思ったからです例えば攻撃の場合オフザボールする場合絶妙なポジショニングをすることでボールを持ってる人が最大限のプレイができると思うんですけれども効果的なポジショニングをするためには体力が必要なんですよねなぜならば効果的な場所に行かないといけないからそこまでの体力が必要なんですよだけどもしそこで体力がなかったら効果的なポイントまで移動することが体力的に難しいから中途半端な所にポジショニングになってしまった結果ボールを持ってる選手は最大限のプレーを発揮できなくなってしまうと思ったんですよねだから確かにバスケットの技術云々はド素人なので全く太刀打ちできないんですよポジショニングじゃないやポジショニングにもまあそうなんですけれどもドリブルもシュートも身長も162センチなので高くないのでリバウンドを取る取らないとかも全く太刀打ちできないと思うんですけれどもだけどオフザボールの体力量に関してはこれは全然行けるなっていう風に思ったんですよねなぜならばみんな体力があるわけではないからね年齢にかかわらずだからそこをまず伸ばすためにはどうしたらいいかっていうのを考えた時にやっぱり初動負荷トレーニング奈良っていう風に再確認できたんですよね要するに体力を無限に上げるにはどうしたらいいかって考えたらトレーニングが絶対に必要だと思っていてそれは筋トレではないんですよね確かにセンターの人で筋トレやってそうなガタイのいい人がいたんですけれども晴れは何でじゃあフィジカルを鍛えてるかって言うとそういうポジションだからだと思うんですよつまりセンターはガリガリフィジカルでぶつかりあるポジションだからフィジカルが強くないとやはり通用しないポジションだと思うんですよねポジショニング的にもリバウンドする際にもやはり体をぶつけ合うと思うのであくまでも推測なんで本人に聞いてみないとわからないんですけどもじゃあ同じように僕も筋トレ必要かって言うと僕は初動負荷トレーニングが必要だと思うんですよねだから自分が伸ばすべきポイントは何かっていう風に考えた時にもちろんと素人ながら考えたのはやっぱりブスケツディオングのポジショニングだと思うんですよフットサルでもブスとかから学んで彼らのようになりたいっていう風に思ってベンチマークして同じようなフォローアップするようなプレイスタイルを目指していたんですけれどもバスケも割とそういうポジションの方が僕はやってて楽しいしもちろん素人なんでそういうものすごく複雑なプレイとか技術が高いプレイ云々とかは全くできないんであれなんですけれどもとりあえずそういうとにかくボールをスムーズに回しって言ってシュートを打つ人が最も入りやすい状態で打つためにはどうしたらいいかっていうのを考えてプレイしたいなっていう風に思いました

パソモビについて

家がクラウド的に自動で動いててワンタップでピックアップできて泊まれるしWi-Fiも繋がってるし、後楽園から三鷹にもいくし、大宮から奈良県にもいくし

あとはそれとは別にパソナライズされたモビリティ自動運転のデバイスがあって、そういうクラウド的な公共デバイスと同期できますよという堀江さんの受け売り的なアウトプット

 

 

やっぱ堀江さんのサロンになんで入り直したかは新しい生き方みたいなのが気になったのとパソモビに対してわくわくしかなかったから。トップスレで2年位前に結構色々スレに上げ合っててそれが楽しかったんすよね。僕はそんなの全くど素人なんだけど、技術屋さんとかみんなそのスレに書き込んでた。色んな人が。素人も専門の技術的な人も参加は自由でなぜならオフラインで誰でもスレ見れるから。また入り直したらそのスレは終わっていて、なんか退会してる間になんか色々あったり新しく組織作ったりとか別枠になっててそのスレみたいにオープンにみたり関われなくなって残念だった。技術があるから関わるないから関わらないとかじゃなくて、その対象が自分にとってわくわくするかどうか。堀江さんの本を読んでなんかの本でグレインホースっていう名前でパソモビのビジョンが書いてあってわくわくしかなかった。みんなわくわくしたときにやらない。僕はわくわくはできる限りやりたいし、大体やるやる詐欺なんだけど、でもやりたいという思いはあってもいいと思う。それだけ。わくわくしたガジェットは安くて手に届くなら買うとか。

お互い助け合うの理想の形について

母子家庭のシェアハウスサービスやりたい。知り合いでお子さん小さい二人を育ててお母さんがいる。育児とか多分二人いても大変なのにお母さんだけだと働いて家庭のこともやってすごく大変と話聴いてて思った。なんでか考えたらシステムなのかなと。家族とか親族っていう血縁関係でくくってお互い助け合うっていうシステムが全体最適ではなくなってて、それはある時代ではワークして役割を果たしたんだけど、もっとそういう実はバーチャルな壁をなくして社会全体が最適化するのを考えたらもっとベターなお互いの助け合いの形ってあるのかなって思った。なんでそれがいいかっていうと、そういうお互い助け合う最適化を固定概念をなくしてやっていくと、本当に困った時に、お金に必ずしも依存しなくても、なんとかなるような社会になってくからなのかなと。要するに、今は助け合いの最適化ができてなくて、時代遅れのシステムの上に多くの人たちが生きているから、金銭的に本当に困った時になんとかしないといけないシステムなのかなと。だけど、そこが改善されるとお金に依存しなくてもなんとかなるような。お金ハックする時代は昭和で、スマホブロードバンド時代はもはやそんな時代じゃないよねみたいな話を堀江さんがたしか言ってたような感じがして、僕はそこの辺のシステムがすごく気になってます。

今こそパラダイムシフト〜スピード厨のバカはなぜ交通事故を引き起こしてるのか?についての考察

Engadget 日本版: 『セグウェイの二の舞にはさせない』電動キックボード日本導入へ、自民党が勉強会. https://japanese.engadget.com/2019/11/14/lime/

 

 

あく規制緩和してほしい
問題はスピードよ
スピードの出しすぎ交通の問題の99%で
現代社会はとにかく速いこと効率的なことが素晴らしいこと、クールなことだというパラダイムが蔓延してるからそこのパラダイムシフトが最も重要と考えます。

例えばタイピングはそれでいいんですよね。その方が生産的だから。でも交通は効率の追求は必ずしもいいとは限らないんですよ。たしかに速い方が成果主義なら個人は稼げますし、組織でも会社に要求されますよ。

僕はもし属している会社がもっと速く運転しろと要求してきたら秒で会社辞めます。なぜならそれは価値観ではあるけど原理原則ではないから。

原理原則に沿う組織や個人は繁栄してそれに逆らえば淘汰されるのは歴史が何度も証明してるので、そういう会社はスクリーニングかけれます。


じゃあどうやって社会全体のパラダイムシフトできるかは、ウォーホルから学べると僕は思います。

彼を徹底的にリサーチすると何かパラダイム転換について学べる気がするんですよね。

麻布十番の本屋で渋沢栄一さんから学んだたった1つのプラットフォームについての「お話」

麻布十番の本屋で渋沢栄一論語と算段も立ち読みしたんですけど改めて過去のそういう人たちが豊かなプラットフォームを作ってくれたおかげで僕たちはその上に乗っかって豊かな生活をできるんだなっていう風に思ったんですよねたぶんそういう歴史的に名前を残した人だけじゃなくてものすごく多くの人たちのおかげで豊かな社会の上でおかげさまに生きれているわけなんですよそれでその本に書いてあったのが明治はとにかく激動の変化の時代だったっていう風に書いてあったんですよね要するに社会がすごく不安定な中に渋沢栄一は生まれたんですよそれも一つのカレーを偉大にした条件の一つなのかなっていう風に思えましたどういうことかって言うと既に今みたいな豊かな時代だったらさらに豊かにしようっていう考え方は必要性がさほどないからなかったんだけれども当時はものすごく試写会が不安定な時代だったからこそ必要性があったからそういう社会を良くしようっていう強い接合があったからそれに行ったったんじゃないかなっていう風に思ったんですよねだから当時はものすごく良くするためと言うかとにかく変化がすごい時代っていうのがそうなったのかなって思うんですよね

それで多分ハードとソフトの面でよく知って行ったのかなっていうのに思ってよ彼はものすごくたくさんの事業に携わっていて帝国ホテルとか銀行とか名だたる大企業を作ってきたと言うか携わってきたんですけれどもそういうハードな面と平行して論語っていうソフトな面で社会を良くしていくっていう風なアプローチをとったんじゃないかなっていうふうに思うんですよね

 

それは多分自転車の両輪みたいな感じで片方だけでは良い社会は成立し得なかったんじゃないかなっていうふうに思うんですよね例えばお金だけがすごく豊かになってものすごく立派なホテルとか商業的な建物とか国民も所得がものすごく増えて豊かな生活になっていたみたいなそれだけでは多分ダメだったと思うんですよ多分論語っていう7つの習慣でいう人格主義的なアプローチ原理原則に基づいた長期的な繁栄の礎となる原則をベースとしたソフト面でのアプローチがあったからこそ明治以降の繁栄の基礎にそれがなって繁栄してったんじゃないかなっていうふうに思うんですよね

だからなんで渋沢栄一が今の時代に一万円札になったかっていうのはすごく興味深いなっていうかそこら辺を張るの人生とかやってきたこととかを徹底的にリサーチして学んで考えるって言うことも僕は個人的には興味があることなんですよね

 

それで要するにプラットフォームを豊かにする事って言うが無料すごく個人的には興味があるし大事なんだなっていう風に追加しました僕達は多分既に生まれた時からものすごく豊かなプラットフォームの上に生まれ育ってきたわけだからそれが当然のものとして捉えてしまうんですけれども渋沢栄一の本を読んでると実はそれは当たり前のことじゃなくてさこのそういう人たちの努力とかのおかげで成立してるんだなっていう風に思ったんですね

 

その上で何かしらの個人的な金銭的な利益とか個人的な利益を追求するっていうのはものすごく履かないことなのかなっていうふうに僕は思いましたなぜならばそもそもその豊かなプラットフォームが成り立っていなかったらそういうものは得ることができなかったわけだしそういう豊かなプラットフォームでなければそういうものを得たところで全く履かないものだからなんですよねそういうわけで金銭的な個人的な利益とかをそれだけを追求する事っていうのは全くもって個人的には意味がないことだなっていう風にすごく快感したんだね

 

なんで結局そういう利益が目的となってしまうのは全く意味はなくはないと思うんですけれどもパスカルのユース胸を舐めるみたいな状態だと思うんですよものすごく味気ないことだと思うんですよね

 

何で豊かなプラットフォームを作るにはどうしたらいいかっていう風に考えた時に必ずしも大企業に勤めたり組織止めたりとか今までの方法ををなぞる必要は全くないと思うんですよなぜならば今は SNS とかスマホとかテクノロジーの力を個人が自由に使うことができるようになったからなんですよね例えばセブンイレブンの深夜問題も結局 SNS を起点にそういう問題が表になって現れたと思うんですけれども今まではそういうアプローチをする方法がなかったんですよねだから何かしらの組織に属することによってそういう問題点とか課題があった場合にその組織に属してそこのリソースを使うことで解決するみたいな誤報があったと思うんですよなぜならば組織は様々なリソースを持っているわけだからそれを活用した方がはるかにそういう社会問題とかを解決する旅にはスムーズに比較的行く時代だったからなんですよね

 

でもそういうリソースって今多分そういう強力な組織に属さなくても個人がものすごく低コストで使えるような時代になったと思うんですよ

 

それで新卒から9年ぐらい介護の仕事をやってそのプラットフォームにいたんですけれどもそこから退職してせどりを始めて Amazon のプラットフォームを借りて仕事にするようになったんですけれども同じような作業量でもプラットフォームを変えただけで全く口臭が変わったんですよねなんでかって言うと Amazon のプラットフォームっていう良質な土壌の上にビジネスをしたからそこから恩恵を得ることができたと思うんですよ要するに良い土壌で何かをやればいい結果が出やすい子悪い道場で仮に何かをやった場合に悪い結果になりやすいっていうことだと思うんですね一概に言えないんですけれども

 

 

その経験からすごい思ったのがプラットフォームによってすごく変わるんだなっていう風に思ったんですよイープラットフォームの上に乗っかれば流れの速い川にボート乗っけてオールを手放すだけで流れがめちゃくちゃ早いからそういう感じだと思うんですけれどもだからプラットフォームを良くするっていうことはものすごく大事なのかなっていうふうに思うんですよね例えばスマホFacebook とか Instagram とかいろんなサービスがあってプラットフォームのサービスでたくさんあると思うんですけれどもすでにそういうサービスって日々改善をものすごいスピードでして言ってるんですよねだからいいプラットフォームになっているからより魅力的なサービスになっていくからたくさんの人たちがそのサービスを使うことによって使う人がたくさんいればもっとたくさんいろんな人が参加するみたいな好循環が生まれると思うんですけれども要するにプラットフォームをよくしって言ってるから長期的な繁栄があると思うんですよ

 

それで多分歴史を学ぶことで過去のそういう人たちがどういう風に豊かなプラットフォームにして行ったのかみたいなそういうアプローチが分かると思うんですけれどもたぶん渋沢栄一は一人一人に押し付けがましく説教をして回ったような人じゃないと僕は勝手に推測したんですよね彼の存在自体がものすごく模範的なもので彼を見ることによって多くの人たちが自分から自発的に彼のようになりたいっていう風にそういう影響を与えていったような人だったんじゃないかなっていうふうに僕は思う

餓鬼は自分が自分がのエゴエゴな世界、大人は負けるが価値の譲る世界と港区は僕に教えてくれた話

※こちらの文章はGoogleの音声入力で一筆書きで書いてますので誤字脱字ご了承下さいm(__)m

 

 

 

配達しててすごく思ったという感じたのは譲る人と譲らない人に分けることができていて譲らない人がものすごくたくさんいるなっていう風に肌感覚で感じるんですよねそれは交通とか例えば自転車を乗っていたりとか車の人とかバイクの人とかもそうなんですけれどもとにかく自分が自分がっていう人の方が圧倒的に多いんですよなぜならばそっちの方が自分にとってメリットがあるからだと思っているからだと思うね要するに自分が自分がやった方が自分はメリットを受けられるっていう風に思ってるんですよだけど負けるが勝ちみたいな世界の人たちがいてそれは割と港区周辺にかなり比較的多いんですけれども多分本当の大人の人って負けるが勝ちみたいな世界の人達っていう風に一つ定義づけることができると思うんですよねどんな人が大人かっていう風に考えた時に人それぞれ定義付けは無限にできるっていうことなんでしょうけれども僕は一つ負けるが勝ちっていうスタンスでパラダイムで生きている人っていうのが本質的な大人なんじゃないかなっていうふうに考えました

 

それで肌感覚で多分7対3ぐらいで譲らないっていう人が多いんですよねもしかしたら八戒2ぐらいの感覚でもあるのかなっていうふうに多いんですけど思うんですけども要するに譲らないっていう自分が自分がっていう人の方が圧倒的に多くて譲る人っていうのは要するに希少なんですよそれでどっちが良い悪いとかではないと思うんですよねなぜならばそれは個人の関連が選択の自由だからそれぞれが合理的に最適だと信じたふうに洗濯した結果そういうライフスタイルを意識的にも無意識的にも洗濯した可能性があると思うからなんですよだからそれはそれであくまでも選択に関しては自由なわけだから中立的だし他者の課題は関与することができないんですよねだから偽善的だったり道徳的にこっちの方がいいよーとかそういうのは押し付けがましいことだと思うんですよあくまでも個人個人が選んだ通りにその世界が反映されていくっていうことなんだと思うんですけれども僕個人的には譲って言うほうの嫌になりたいなっていう風に強く痛感したんですよね実際にそれが今じゃできるかって言うと多分全くできてなくてできてないからそういう風になりたいっていうことなんだと思うんですけれども他の人云々以前に僕自身が完全にそっちのレイヤーに移れるかどうかっていうのがものすごく大事だと思っていて他の人がどうするかっていうのは全く考えることも何かそれについて行動をとるって言うことも全く無駄なんですよね

 

それで何で譲らないかって考えたら多分譲る事っていうのはゆとりがある人ができることだと思うんですよ要するにゆとりがない人にとって譲る事っていうのはその余地がないんで合理的にできないんですよこれは多分物理的な法則でそこに余白がなければその余白を与えることはできないっていうのは完全に物理的な法則だと思うんですよね

 

だからまずゆとりがない人に対してでも道徳的に譲るのは素晴らしいことだから譲ろうというのは全く意味不明なんですよなぜならばゆとりがない人は譲っていう余白がないわけだから物理的にその余白がなかったらそれを与えることができないんですよ

 

 

それで感覚的に8対2とか7対3ぐらいのレベルで譲らない人が圧倒的に多いってことはそのぶんゆとりがない人がものすごく増えているって言う事の裏返しなのかなっていうふうに僕は考えたんですよねそれは多分いろんな意味で余裕がなくなってきてると思うんですよ例えば金銭的だったりとか最適化してないがためにものすごく非効率な生き方をしているから余裕がなくてゆとりがないからそれが結果的に譲らないっていう行動につながっているのかなっていうふうに考えたんですよね

 だから譲らない人がものすごく多いっていうことは結局みんなゆとりがないんですよ全体的にね多分社会全体はゆとりがなかったりとか合理的というか最適化がされていなかったらどんどん飲むそういう状況って増えていくと思うんですよねなぜならばますますゆとりがない人たちが増えていきその結果ゆとりがないとできない譲っていうことが物理的に出来なくなっていくからなんですよそういうわけで譲っていうことはある意味社会的な状態を反映しているのかなっていうふうに僕は思うんですよね

 

それで感覚的に港区が圧倒的に譲る人が多いっていうのは何でかっていうふうに考えたら彼らはゆとりがあるからなんですよねもちろん一概にそのうちくみ流出等は全てそういう人たちかって言ったら違うんですけれども圧倒的に多いんですよ例えば自転車が前に行ったとしたら自分は一歩下がってみたいなそういう譲る人たちが港区は圧倒的に多いんですよねこれはすごく感覚的になんでなんだろうなっていう風にずっと思ったんですけども

 

疲れたからおしまい

仕事について

 

※こちらの文章はGoogleの音声入力で一筆書きで書いてますので誤字脱字ご了承下さいm(__)m

 

 

 

歴史的に労働が何で尊いことかっていう風になったってことを考えてみるとたぶんそれをやると周りの人がすごく助かるからだと思うんですよねつまり働くことで他の人が生きることができるような時代があったんだと思います特に昔は農業とかが主流で時期によっては災害とかがあって食糧難がある時期は怒ったりとかしていてそうすると食べることがものすごく困っていて死活問題の時期も歴史的にはあったのかなっていうふうに思いますそういう時に必死に農作業をしてたくさんの農作物を作ったおかげで多くの人達が食料に困らないようなそういう周りの人にとってありがたい人たちがいたりもしたのかなっていう風に想像しましたそうするとそうやって農作業をして労働をしてくれる人たちはものすごくありがたい存在で尊い人たちだったと思うんですよねなぜかと言うと周りの人達はその人達の一生懸命やってくれているお陰で生き延びることができたからだと思うんですけれども

 

だから労働に関する考え方パラダイムみたいなのがあってそれはものすごくポジティブなものだったりとか尊い事っていう風にとられて捕らえられてしまうんですよねだからそれをやることはものすごくいいことでみんなそれをやるべきだみたいなそういう捉え方になってしまってると思うんですけれどももはや今はそういう時代じゃなくなってきてしまっているのかなっていうふうに思います

 

 

だからそれって多分一つのブランディングなのかなっていうふうに思うんですよねなぜならば何も価値がない本来は中立の状態ゼロの状態からブランディングをすることでそれはいいことだとかそれは尊いことだよねみたいなポジティブな情報を植え付けることで多くの人たちが労働をすることは尊いことだ素晴らしいことで皆が絶対やるべきことだみたいなそういうパラダイムを植え付けることに成功をしているんですよねそれは一つの洗脳と言うかブランディングだと思うんですよ

 

それでなんでそういうことをやるのかっていう風に考えたらそれをやることで社会が円滑に回る時代だったからだと思うんですよ要するに人が労働をすることで社会が成立するっていう構図だったと思うんですけれども今は時代が変化してテクノロジーが人間の代わりにそういうのをやってくれるっていう時代になったわけだから必ずしもそういうことが成立するような時代では一概には言えなくなったんじゃないかなっていうふうに思うんですよね

 

それで労働は単なる行動なんですよね自分の一つの行動に過ぎないんですよ例えばテレビを見るとかスマホを使うとか歯磨きをするとかお風呂に入るとか全部生活の一つの報道だと思うんですけれども労働に関してもその一つの行動に過ぎないそれをロードっていう風に置き換えて言ってるだけなんですよ単純な話

 

それで一つの定義づけとしてそれをやることによって金銭的な報酬があるかどうかによって労働なのかこうどうなのかっていう風に決まると思うんですよね

 

例えば話をすることを例に挙げると家族と話すことは多分労働にはあたらないと思うんですよなぜならばお金を得ることができないから

 

例えば堀江貴文さんとかインフルエンザが誰かと話をした場合お金になるケースがあると思うんですよ夜の居酒屋で友達と話したりしながら飲んだりする常磐他になってないのかもしれないんですけど対談形式で誰かしらと会話をする場合そのイベントの主催者の人から少しお金をもらっていたりとかスポンサーの人からお金をもらうことで対談をしてそれが記事になったりとかしたりすると思うんですよその場合って金銭的な報酬が少なからず発生しているわけなので労働と言えると思うんですよね

 

だけど本人自身は全然労働っていう感覚で会話してるわけではないと思うんですよ普通に話をしていてインプットアウトプットをしていて相手の話から純粋にワクワクすることを聞いたりして楽しくない時もあるかもしれないけれども面白い人と話していると純粋な学びによって純粋にワクワクしている会話をしていると思うんですよね

 

だけど居酒屋で会話をすることもそういう階段とかで会話をすることも本質的には会話なわけで要するに一つの行動なんですよね同じなんですよ

 

だけどある機械は報酬があるような会話だったわけででも本質的に変わんないんですよね

 

それでお金がもらえればやるもらえなければやらないっていうのは多分もうすでにそういう時代じゃなくなったのかなっていうふうに思うんですなぜならが生活をするために必要なお金ってものすごく少なくなってきているからで板に無駄なものを買ったりしなければ全然少額のお金で普通に生活が豊かに出来るような時代になったからだと思うんですよ

 

そんな時代に多分必要なのはやっぱり情報収集なんで情報収集が大事かっていうと自分の無知が結局無駄な支出とか要するに同期につながったりとかすると思うんですよ

 

だから自分の無知が多分ものすごくたくさん働かなきゃいけない状況に陥っているとしたら圧倒的に情報収集っていう直接それをその場でやることで金銭的な報酬には繋がらない行動なんだけれどもそれを改善してたくさんひたすらやるって言うことは結局長期的に考えたら無駄な支出とか無駄なことにエネルギーや時間を割くことを防止することにつながるわけだから結局自分自身に大きなリターンとして帰ってくるんですねでもそれはすぐにお金に換金できるような報道ではないんですよ

 

それで多分お金が稼げる海があるよ金が稼げないからやらないっていう基準はもう時代遅れに既になっていてこれからはたぶんそういう時代じゃなくてその基準はもうなくなると思うんですよね

 

それで多分相対的に過去に生きてる人はまだもちろん自分の生活の必要最低限の固定費を支払うために稼がないといけないんですよね例えば極端な話毎月50万円の支出が固定的にかかってしまうがいい何が何でも50万円を稼がないと生活が回らなくなってしまうのでなんとしてでも稼ごうっていうふうになるのは絶対的に正しいんですよ

 

他の人があんなに働いてて俺はやりたくないとかもっと休めばいいとか外野がどうこう言おうが彼らにとっては毎月50万円の支出が絶対に必要なんでそれを賄うために一生懸命仕事をしなければ絶対に行けないからそれはものすごく当然の選択だと思うんですよね

 

そんなわけでたぶんみんなそれぞれ繊細に異なる状況に置かれているわけだから全く画一的じゃないんでしたねみんな全く違う状況なんですよ

 

 

なんで外野から肯定も否定もできないと思うんですよね要するに本人は合理的な選択を自分の状況を理解した上でやっているわけだから周りがとにかく言ってもそれは全く的外れな状況になってしまうわけなんだね

 

 

自分事として考えたら例えば毎月40万円の固定費が絶対にかかったとするじゃないですかそれで家のローンとか賃貸の賃料とか保険代とか携帯代とかサブスクリプションのいろいろ契約してとか色々あると思うんですけれどもとりあえず絶対に40万円の支出が毎月かかったとします

 

一方で毎月10万円の支出しかかからない場合があったとします仮に貯金が一切ない状況だとしたらどっちがいいかっていう風に考えるとどっちがいいと思いますかね

 

 

僕は10万円ほうがいいなっていうふうに思うんですよねなぜならば10万円だけ稼いだら後は自由な時間になるからで例えばフットサルをやったりとか映画を見たりとかサッカーの試合を見たりとか YouTube を見たりとかスマホでアプリでゲームやったりとかそういうのに時間を当てられるからなんですよね

 

10万円稼いだ時点でもう仕事はやんなくていいやっていう風にできるんですよあと例えばある程度月の初めに頑張ったとしてあとは平均で考えたら1日2時間ぐらいやればいいわけだから2時間ペースで毎日働いて2時間働いたらあと残りの5時間は家にいてスマホ見たりとか動画見たりとか読書したりとかゆったりできるんですよねそれで翌日も同じように2時間とかちょっと元気があったら3時間とか4時間とかやってでまた昼過ぎに終わってから家に帰って風呂ゆっくり入りながらスマホ見たり音楽聴いたり動画見たりサッカー見たりとかゆったりできると思うよ

 

だけど月40万だったらまた状況が全く違ってくるんですよね1日中とにかく湿疹に朝から晩までやらないといけないんですよもちろん効率の良い仕事をしていればサクサクっと行ってもすぐに40万火星だから後はゆっくりするわふうにもできるとは思うんですけれども

 

寄せるに固定費が高くなるって言う事はそれだけ毎月働く量も増えるわけなんですよね

 

それでウーバーイーツの配達をやってものすごく痛感したのは1時間に2件とか3件が当たり前なんですよね例えば2件配達したとしてマクドナルドを2件取ったとします

 

そうするとマクドナルドは近場だと380円とか400円前後なんで2件配達すると1時間で800円なんですよね

そう考えると1600円無駄な支出があったということは要するにウーバーイーツのオンラインを2時間しなきゃいけないということなんですよ

 

つまりウーバーイーツの配達が3で考えるとたった1000円の無駄な支出それはすごく大したことないっていう風に感じていたんだけれども2件の配達1時間やって800円って考えると1時間自分の人生の時間を浪費してるって言うことに言い換えることができると思うんですよね

 

逆に言えば1000円の無駄な支出をカットするっていうことは1時間の自分の時間を生み出すっていうことにつながるとも言えると思うんですよ

 

インセンティブとかもう入れるとまた変わるとは思う思うんですけれどもとりあえずざっくり計算で1時間制限っていう風に仮定した場合例えば毎月の固定費を1万円カットしたということは毎月10万円余計な仕事をしないで済むような状態になるっていう事だと思うんですよね

 

なんでその10倍の10万円のコストカットをするっていうことは毎月100時間無駄な労働をしないで済むようになってその100時間をまるまる自分のやりたいことに使うことができると思うんですよ

 

そしたら睡眠時間も例えば1日5時間とか削って朝早く無理やり起きて仕事に行ってたっていう状況があったとしたら毎日3時間プラス睡眠2時間を確保できるんで8時間睡眠を十分にとることが毎日できるようになると思うんですよ

 

つまり例えば毎月40万円絶対に固定費がかかっていた場合それを30万円にするだけでも睡眠時間が3時間毎日食えるわけだから自分の健康にとっても生活の質も著しく10万円コストカットするだけで上がるんですよねなんでかって言うと睡眠をしっかりとるって言うことが生活とか仕事とか全部にプラスに作用するからだと思うんですよ

 

寄席に十分な睡眠が取れていないとミスとか視野が狭まったりとか精神衛生的にも良くないし要するに包括的に全てにプラスに作用をすることが睡眠を確保するっていうことだと思うんですよね

 

そしたら無駄な10万円をコストカットするっていうことは睡眠の十分な確保に繋がってそれが生活の質に著しく上がるとしたらやるべきことは無駄な支出をとにかくカットすることだと思うんですよね例えば世間体とか周りの見栄とか周りからどういう風に見られるかとか自分を自然な状態異常によく見せようって言う虚栄心だったりとかそういうのが結局無駄な支出につながっているわけだからでも本質的なのってたぶんそういうところじゃなくて睡眠をしっかりとるっていう事の方が本質的には大事だと思うんじゃね

 

だけどすごく重要な部分に例えばお金を使っていたとしたらそこは別にカットしなくていいと思うんですね自分が好きなこととかやりたいことがあってそれをやるとワクワクしたりとか生活の質が上がるような行動にお金を使っていたとしてそれはコストカットする分野ではないと思うんですよなぜならばそういう事やることが人生のメインだと思うんですよねそういうのの連続であるべきだしそういうのをやるための手段だと思うんですよ睡眠もお金も

 

なんで純粋にわくわくすることに対してお金を使ってたとしてそれをコストカットするっていうことは全く本末転倒だと思うんですよねだけどそういうところ以外の無駄な所って多分すごくたくさんあると思うんですよね例えばクレジットカードで支払いしていたとして履歴を定期的に2回すっていうのも効果的だと思うんですよねなぜならば可視化することで無駄なところが理解できるんですよね

 

例えばクレジットカードの履歴を見てみると今は全く行ってなかったような会費を実はずっと払い続けていたみたいなケースもあると思うんです

 

じゃあそれ何でそういう状況になってたかって言うと可視化できてなかったからなんですよね見えてなかったからそういう例えばニコニコ会員とかに毎月500円とかになっていて今は1年以上全く見てないんだけれどもずっと払い続けていったみたいな状況になっていたのは彼しかできてないからだと思うんですよねだからそういうのを見える化するような確認作業っていうのは無駄な支出を減らすためにある程度効果があると思うんですよだから定期的に見直しをクレジットカードの履歴をネットでログインしてみるって言うのはいいと思うんですよね

 

疲れたからおしまい